田端駅前クリニックスタッフのブログ

院長ブログ始動!

透析時間について

 

こんにちは

院長の青木竜弥です。

 

透析医療に携わって10数年。

 

私なりに思っていることや感じていることを綴りたいと思います。

 

第1回は透析時間について。

 

2009年に日本透析医学会から出されたデータの中には、

透析時間と生命予後に関するものがあります。

標準的な4時間透析している患者さんを1とすると、

3.5時間の患者さんでは1.2倍、

3時間以下では2倍もリスクが高いことが示されています。

逆に5時間以上では0.7倍とリスクが低くなっています。

現在日本では4時間透析が一般的ですが、

5時間、6時間透析を実施している施設も増えてきております。

日本国内における透析患者の10年生存率は約36%で、

6時間以上の長時間透析を行っている施設の10年生存率は80%に

まで達するという報告もあります。

青木先生グラフ

 

 
この他、たとえば長期合併症である透析アミロイドーシスの原因

となるβ2-MGなど分子量の大きい物質の除去は、

透析時間が最大の規定因子で、時間をかけないと除去できませ

ん。

また、短時間透析では血管内老廃物の除去はできても、

組織間液や細胞内からの老廃物除去は十分ではありません。

組織間液や細胞内老廃物の除去には十分な時間をかけることが

大切です。

この他、短時間透析では急激な体液量および溶質濃度の変化によ

り、急激な血圧低下や下肢つれなどが出現するリスクが増加しま

す。

 

一方長時間透析では透析中の血圧低下や下肢つれ、疲労感が軽減

し、掻痒感や色素沈着などの悩みも解消します。

また、貧血の改善、血圧の安定、動脈硬化進行抑制、心不全予防

など沢山のメリットがあります。

十分な透析を行うことで、内服薬が減り、食事制限も緩やかにな

ることもポイントです。

 

このように長時間透析には様々な利点があります。

 

 

田端駅前クリニックでは長時間透析を推奨します。

 

5時間、6時間透析を御希望の方は御相談ください。

 

スパイダーマン現るあらわる!

恐るべしお釈迦様

仏教といえばお釈迦様、情け深い仏様
実は仙人も、道教には登場するのであるが・・
なんか仙人の方が杖やキントーンなどのツールがあって、なんでもできそうだが、お釈迦様は、たなごごろを広げて、薄笑いを(これは失礼)、いや高貴で慈悲深い微笑みをたたえているだけで
、そう、微笑みを浮かべ、座しているだけで、数多の人の心を捉え、時には、煩悩まで捨てさせるというから恐ろしいものだ。

芥川の蜘蛛の糸

田端文士村の住人であった、芥川龍之介の短編「蜘蛛の糸」は皆さんもご存知であろう。

お釈迦さんが、極楽から地獄を眺めていて、
かつて、踏みつぶそうと思った蜘蛛を、命あるものだからといって助けてやった男を、慈悲深く、助けてやろうとする話である。
この男は、天上から降りてきた金色の蜘蛛の糸を手に、上に上に昇り地獄から逃げ出そうとする。しかし、下をみると多くの罪人たちが、自分の後に続いてくる。この男は「こらっ!この蜘蛛の糸は俺のものだ」と言って彼らを蹴落とすのである。
途端に蜘蛛の糸が切れ、もろとも地獄へ落ちていく。
なんとも象徴的な物語である。

小学校では、道徳の教科書に掲載されていたような記憶があるが

運命のいたづら
諸行無常
人の愚かさ
世の摂理(お釈迦さん?)は本当に慈悲深いのか、つれないのか

おそらく小学生では、考えられない、様々な要素が詰まった物語である。

この、人がたくさん捕まっても切れない「蜘蛛の糸」、皆さんには、映画スパイダーマンの操る糸の方が身近であろう。

この、強力な蜘蛛の糸を工業的に生産することが可能になったということだ。

スパイパーの技術でスパイダーマンが現実に

ー以下日経電子版より抜粋編集ー
開発したのは、山形県にあるベンチャー企業『スパイパー』である。
同社が開発した新素材「QMONOS(クモノス)」はクモ糸に近い弾力性や軽さ、切れにくさを兼ね備え、工業用途での活用が期待されている。ちぎれにくさでは防弾チョッキに使われるアラミド繊維や、飛行機の機体に使われる炭素繊維をしのぐという。

スパイバーが突き詰めたのは「遺伝子工学的アプローチでクモの糸をつくる」手法。
遺伝子組み換え微生物を使って大量生産する技術を確立した。

自然界のクモが吐き出す糸は、たんぱく質からなる。一口にクモ糸といってもクモの種類によっても様々なうえ、1匹のクモも縦糸や横糸、けん引用の糸など複数の種類を使い分けるという。それぞれの物性は20種類のアミノ酸の配列で決まる。その組み合わせは実に20の3000乗ほど。同社は天然のクモ糸の構成に近いアミノ酸の配列をデザインし、それを作り出す遺伝子を微生物に組み込んで培養・発酵させ、目的のたんぱく質を大量につくる。精製して粉末状にした原料を紡糸し、繊維状に加工する。ー

というのである。スパイパーの他にも、蜘蛛の遺伝子を蚕に組み込んで糸を吐き出させる技術も確立されているようである。
日経では、ここまでに至る過程とベンチャー経営、未来の産業的な可能性について語られている。
現在、世界の素材・特に繊維素材の雄は、東レ、帝人など日本の繊維メーカーである。
最新の航空機のボディに利用されている炭素繊維や透析に使用されている膜素材もこれらのメーカーのものであり、大きな世界シェアを誇っている。

やはり恐るべしは蜘蛛!

さて、より合わすと強靭な蜘蛛の糸であるが、日常、山道で蜘蛛に出会ってもその強靭さを感じることはない。顔面で蜘蛛の巣をかぶり、閉口することも多々あるが、蜘蛛の巣は脆くも破壊され、蜘蛛はそそくさと逃げ去る。(私は極楽へは昇れない)
もしも、蜘蛛の巣が、糸をより上げて作られ強靭なものであれば、低山帯の山歩きは危険であり、蜘蛛の大掃除が始まるかもしれない。また、鳥などが巣にひっかかってしまえば、蜘蛛にとっても脅威であろう。自然界の中の住人として生存のためには適度な壊れやすさも重要ということか。

一つの機能、特性を極めるのは、科学的には可能であっても、複雑な環境のなかで適応させるのは難しい。

蜘蛛の糸、いや、蜘蛛恐るべしである。

仙人の銀ぶら考

りんごに出会った街 「銀座」

前回、「”A ha!”な りんご たちの話をしたが、
そのりんごに出会った場所

そこは、全国に無数に散在する銀座たちの総本山である東京銀座である。
仙人の住む田端界隈にも田端銀座、尾久銀座などがあるが、それぞれが勝手に銀座を名乗っているだけで、東京銀座にとってははた迷惑なことであろう。
しかし、さすがに東京銀座である。全国の銀座たちに、文句を言ったり、のれん代を要求したりしない(はずである)のである。

そのそも銀座は江戸時代の貨幣鋳造所である。
本家本元の金座は、お上の管轄であり、厳しいだけておもしろくもないが、銀座には、銭を扱う商人たちがあつまり、さらに銭を集めるための情報交換を行う場ができる。
銭を持っていれば使う
欲望の原点は、食欲と・・欲と・・欲、あとはひとそれぞれ
必然的に人を魅了するもの、ことが集積していったのであろう。
築地も近いし・・
差異と欲望がエンジンとなる資本主義の発展の歴史に近いのかもしれない。

銀座の公式ホームページによると

「銀座」という座組織は幕府のために銀貨をつくる組織で、銀の買い入れや銀の管理、事務を取り扱う役所と、銀貨の鋳造を行う工場とがありました。ちなみに金を扱う金座は日本橋の、現在の日本銀行本店のところにありました。
銀座は日本橋を起点とする東海道の一部でもある銀座通りに大きな商店がにぎわいをみせ、取り囲む川で活発な舟運流通が行われる一方、裏手に職人町がひろがり、能役者や歌舞伎役者、常盤津の師匠、画家たちの住む町でもあったのです。

とある。

画廊が集積しているのも歴史的必然のようである。

芸術・芸能・文化などというが人々の欲望の表現の一つの形なのだ。

田舎者の目にも銀座の街はなかなかの優れものである。

街全体がケバくない程度に瀟洒にデコレートされている
旧いとは言っても、戦争で焼け野原になった東京のことだから戦後のものだろうが、鉄とガラスのモダンな建築物に混じって、旧い石造りの建築物が残され利用されているのである。それぞれ自己主張はあるが節度が感じられる。
建物の高さが適度に抑えられていて、突出したものがない。
吉田健一のエッセイには、行きつけの小料理屋や文人が集まり呑んだくれるバーがよく出てくるが、一つ路地を入るとまだそのような飲み屋がありそうだ。

巨大ビル銀座に出現か?

山野楽器の前の広い土地が更地になって工事が進んでいる。一体何ができるのだろうか。なんとかヒルズのような巨大な高層ビルができるのであろうか

できればそうあって欲しくないものだ。

最近話題を呼んでいるなんとかヒルズや渋谷ヒカリエなどの巨大ビルは、ビルの中はモダンにデザインされているし、外観もカッコよく主張してはいるが、街をそぞろ歩く人のサイズではない。ビルそのものが街を飲み込んみこんでしまい、街から人間的な表情がなくなってしまうような気がする。

「急ぐ」  谷川俊太郎

こんなに急いでいいのだろうか
田植えする人々の上を
時速二百キロで通り過ぎ
私には彼らの手が見えない
心を思いやる暇がない

この速度は早すぎて間が抜けている
苦しみも怒りも不公平も絶望も
すべてが流れてゆく風景

こんなに急いでいいのだろうか
私の体は速達小包
私の心は消印された切手
しかもなお間にあわない
急いでも急いでも間にあわない

そう、巨大ビルは超特急なのである。

銀座の街は、街そのものがショーウィンドウになっていて魅力的だ。
そのショーウィンドーには、自分や様々な人の姿や表情、欲望が映されているではないか。
街は、人々の欲望が複雑に絡み合って集積していく結果でありその過程であるから面白い。
おおまかなデザインはしても設計はしないほうがよい。

田端銀座をブラつく(これも銀ブラというのか)仙人の愚痴になってしまったが、生粋の銀座通はどう感じているのであろうか。

りんご

りんご

赤いりんご

美しいりんご

手のひらに乗せると

冷たいりんご

ずっしりと重いりんご

毎朝かぶりつくりんご

甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる

美味しいりんご

20150328_075205

偉大なりんご

今日の科学文明の種となったりんご

戦後の日本人を励ましてくれたりんご

pop musicの神様を世界に羽ばたかせた りんご

世界中をつなぐかじられたりんご

偉大なりんご

りんごがなければニュートンの第一法則は発見されず

”りんごのうた”がなければ、今日の日本の発展はなかったかもしれない。

歯周病の検査にも使われている

・・りんごをかじると血がでませんか?

そもそも

アダムとイブの時代から”りんご”は禁断の果実であった。

それでも、僕には美味しいりんご

今日銀座で出会った APPLE

Apple Storeかとおもったが、google mapではギャラリーと表示されている。

りんご

よく見ると、かじられていない”りんご”だ、中に入ってみると”ken miki design works”の展覧会

そこは「ギンザ・グラフィック・ギャラリー」であった。

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世界一のりんご研究者を目指す 三木健 のりんご観察とデザインの世界

美味しい、偉大な だけでなく 楽しく 美しい ”A ha!”な りんご たちがあった。

りんごについてのイメージを広げるマインドアップル(マップ)

20150327_175539

りんごのパーツいや失礼、そこのは未来のりんご、りんごの木が詰まっている、そうりんごの種

りんご のコピー 2.001

りんごの種の形、その流線型の美しさを意識したことはなかった。

りんごの色

もしもりんごがクロだったら

とても食べたいとは思わない。

アダムとイブは楽園を追放されず、キリスト教世界は存在しなかったかもしれない。

パンフレットには、・・・デザインは単に「見える化」することじゃない。何かが「見えて来る化」すること。「気づきに気づく」デザイン・・と記されている。

ハッピーなひとときであった。

透析クリニックの運営も「気づきに気づく」ことが必要かもしれない。

仙人の入院記 3の巻

手術台にのせられて、両手に華の夢ごごちで眠りについたところまではよかったが・・

夢なら覚めないでほしいものだが、現実はそんなに甘くはない

そもそも手術なのだから当たり前である。

どうやら意識が戻ってきたようで、腹部に鈍痛を感じる。何時間眠っているのだろうか、あたりはスッポリと闇に包まれている。もう夜のようだ。
おそらく長時間寝返りもうたず同じ姿勢で寝続けていたせいであろう、体が鉄の塊のように固まっている。腰がベッドにめり込んでいるようで、こちらも鈍痛がする。

呻き声をあげるほどではないが不快である。
しばらくすると、夜勤の看護師が見回りにきた。
どうやら、知らぬまに酸素吸入器や心電計、血栓防止用のストッキングなどを装着していたようで、それらを外していく。血栓防止用のストッキングは、電気仕掛けで空気を送り込んで足を圧迫、弛緩するようになっているらしい。

介助をしてもらいながら、固まった体をまげやっとベッドの上に起き上がる。
腹腔鏡は侵襲の少ない手術とはいえ、ブズッ、ブズッ、ブズッ、とお腹に3つの穴を開けているので、さすがに傷口が痛む。点滴台を転がしてトイレにいくのだが、痛みのため背中を丸め、のそりのそりと恐る恐る歩を進める。なんともはや情けない格好であるが、いたしかたない。

なんとか用を足してベッドに横たわり、再び色々な器具を装着する。
十分に寝た上にお腹と腰が痛むので、ウトウトとするのが関の山だ。お腹の痛みは我慢できるが腰の鈍痛はなかなか厳しい。

 

金属製の窓格子で切り取られた空が白んでくる。
夜が明けるようである。

自由に身動きできないベッドのうえで、膝を立てたり、お腹を気にしながら体位ををかえていると、看護師さんがやってきた。今日の担当看護師は男性である。背はそれほど高くはないが、体育会系風のがっしりした体格で、言葉もはっきりとし動作もテキパキとしている。
この看護師さん、隣の爺さんにどう適応するのか、面白がって聞いていると・・

相手に抵抗する隙を与えないスピードで、・・しますよ。といって行動に移していく。
爺さんは反抗することもできず、やけに従順である。
時に反抗を試みるが、聞き入れる風でも、やり込める風でもなく、取り合わず、どんどんことを勧めていくのである。

看護師は、ものがなんだったか忘れたが、爺さんが食べ物(果物だったか)を隠しもっているのを発見して、「こんなところに隠していたらダメじゃないですか、腐りかけていますよ」といって取り上げてしまう。
これにも反抗できず、従順である。
こういうタイプに弱いらしい

前回登場の宇宙人のような新人看護師は、長続きするだろうか、どのように成長するだろうか?

 

 

主治医の回診である。
手術の状況説明をうけて、特に問題はないとのこと。やれやれである。
退院はいつにされますか?と聞かれ、即座に本日と答える。
とにかくこの狭いベッドのうえで、身動きが取れない上に、腰痛と戦うのは勘弁してほしい。
もう一泊する人が多いようであるが、特に積極的な治療があるわけでもなく、なんとなく不安というだけで、病院にいる理由は見当たらない。

主治医も笑顔で、わかりました、とこたえ、さらに退院後の注意事項などを説明してくれる。
非常に好感が持てる。

 

昼食を済ませ、退院である。
スタッフステーションに声をかけ、会計へ・・
ところが、土曜日でお昼を過ぎてしまったため、会計ができないとのこと。
お支払いは、次の外来の時にということ、このまま来なかったら、未収金になるがどうするんだろうと心配になるが、知ったこっちゃない。

タクシーを呼んで、やっと我が家(とはいえ仮住まいであるが)へ帰ってくる。

 

まずは音楽をかけ、コーヒーを淹れる。
ほっとする。
そして布団を敷いて横になる。
狭い部屋ではあるが、なんといっても伸びのびと横になれるところがよい。

透析患者さんの過ごす4時間、5時間、我が家にいるようにとはいかないが、アメニティはよくしなくてはいけないとつくづく実感したものであった。

たったの3日であるが、仙人の入院記もこれにておしまいである。

次からはまた、徒然なるままに

仙人の入院記 いざ手術の巻

いよいよ手術当日の朝

朝から、絶食を命じられている。それだけで寂しい気持ちになる。

人は生きるために食べるのか?食べるために生きるのか???

などとくだらぬことを考えている間に、なんとなく慌ただしい雰囲気になる。

看護師が検温に回ったり、配膳をしたり・・

しかし、わたしのところに配膳はない・・・

やってきました新人看護師さん

そうこうしているうちに、私のところへも看護師がやってくる。

新人である。ベッド周りに術後のモニタのセッティングを済まして、点滴のようである。

眉根を寄せて難しそうな顔をし、私のだした手を、まるで親も仇ででもあるかのようにピシピシ叩く、かなり赤くなってきたが、それでも容赦はしない。

血管を浮きだたそうとしているらしい。やっと諦めて注射器を手にする。やれやれ

あいかわらず眉根をよせているが、一息ついて、「少しちくっとしますよ」と声をかけて、針を刺す。

そして立て続けに「注射液はもれていませんか?」と聞くのである。

うん?

なんとも答えようがないので「注射液が漏れるとどうなりますか?」と聞くと

「激痛がはしり、腫れてきます」と口早に答える。

おっとそれはたまらん。

・・・それで、気がついたのか・・・

「大丈夫ですね」と自分で納得し、針を固定する。

いやいや、全く・・事なきを得てよかった。激痛はやめてほしいものだ。

この新人看護師殿、その足で隣のベッドへ

隣のわがまま爺さん

隣のベッドの住人は、見ていると(聞いていると)なかなかのわがまま爺さんだ

これまでも、リハビリをさせようと若い療法士が取っ替え引っ替えやってくるが、ほっといてくれと取り合わず、スゴスゴと追い返されている。

爺

さてどうなることやら・・・楽しみである。

やはり同じように「ほっといてくれ」と捨て台詞

しかしこの新人看護師殿は負けていない。

「・・をしないとダメですよ」と対抗している。

爺さんも負けておらず

「・・バカヤロー」ときた

「バカヤローですか・・バカヤローは・・さんの方です」

と今度は新人看護師殿が捨て台詞を残して、プンプンと立ち去っていった。

おお!この新人看護師殿、なかなか将来が楽しみだ。

ナース

そもそもこの爺さん、なんで入院しているのだろう?腰痛はあるようだし、血圧、血糖値は高いようであるが、高齢者は普通そういうものだ。いわゆる社会的入院か?寝たきりでもなく口も達者で、少しの介助があれば十分自立した生活ができそうであるが・・

さて、こちらも手術当日ともなれば、さすがに慌ただしい。

担当看護師がチェックにやってっくる。

麻酔科医が術前診療にやってくる。

そして、手術担当看護師が術前訪問にやってくる。

説明と質問、そしてサインの繰り返しである。

質問も、何か薬は飲んでいないかなどほとんど同じである。

女子アナ風看護師さん

特に記憶に残っているのが手術担当看護師だ。

まるで経済ニュースに出てくる女子アナのような、きりりとした美しい顔立ちで

・・どんな女子アナが世の中に存在するのかは実はよく知らないのだが・・

しかも、その説明ときたら、立板に水とはこのことを言うのだろう。つっかえることも、考える風もなく、そのままITアプリで文章化しても、ちゃんとした文章になっているのではないかと思われるほどスラスラと説明をしてのけた。

うーむできる、素晴らしい、何より先日の担当看護師を凌ぐ美人である。

しかし、何を説明されたのか、その内容についてはほとんど記憶にない。

見とれていたのか?

あまりスラスラとやられると受け止める方には印象が残らないのらしい。

最近なくなったイラストレータの安西水丸のヘタウマの作品が多くのベストセラーのカバーとなっているが、愛嬌があってとてもよかった。そういうことなのであろう。

安西

いや〜、いいね安西さんの絵は、もう一つ行きましょう。

安西2

さて、いよいよ手術台である。

幸せな眠り

術前は全くの健常者なので、点滴台を転がしてトボトボと歩いて手術室へ

手術室はひと部屋である。しかし以外と清潔で、設備も普通に整っている。少し安心した。

手術部位感染症のリスクが特に高いと言ったことはなさそうだ。

お、やってきました、女子アナ看護師さん。促され手術台の上に横になる。

無影灯

もう一人の前立ちの看護師もなかなかの美人である。周りは当然慌ただしい雰囲気に包まれているが、当の本人はなかなかに幸せなき気分に浸っていると

すかさず、麻酔器をかぶされ、2人の美人を眺めながら幸せな眠りに落ちていく・・・・

続きは次回へ

仙人の入院記(その1)「俺の空」

さすがに不安な入院

1回の外来受診で、すべての検査を終わらせ、診断をつけ、10日後の入院・手術日を決定するというスピード裁定となったが、仙人も修行が足りぬのか、往生際が悪いのか、いかんせんあの建屋である、入院となり数日間そこで過ごすとなると、そう簡単にあばたもえくぼとはいかないもので、一抹の不安が頭をもたげている。

しかし、月日は勝手に過ぎていき、瞬く間に入院当日となる。

潔く病院へ。

そういえば、退院予定日なども聞かされていない。

多くの病院では、入院前にクリニカルパスと言って、入院期間中、いつどのような治療やケアを実施し、特に突発的な問題が起きなかった場合の退院予定や治療に要する費用、自己負担額などの、疾患別の予定表を提示するようになっている。このクリニカルバスなるものの提示が、遅くとも入院時にあるかないかが病院のレベルの試金石の一つになる。

などなど・・考えながら、病院の受付に向かい、入院予定の旨伝える。

パス

狭くて古いがなんとなく憎めない、このレトロ感

ほとんど待つこともなく、がっちりとした体育会系風(失礼女性である)の看護師さんがやってきて、病棟へ案内してくれる。ノートpcなどをいれた重い私のリュックをさっと取り上げ、先に進む。「重いので持ちますよ」と声をかけるが、頓着せずどんどん前に進む。

エレベータで2階の病室に案内される。担当看護師がくるまで、お待ちくださいとのこと。

所在無くベッドに腰掛け、部屋の様子を眺める。

まずベッドの数を数えてみる。6人部屋であるが、部屋の形が少々変形で、5人が足を窓に向けて並び、一人のベッドは窓際で横付けされている。以前、サイクルリング中に転倒・骨折し、救急搬送され手術を受けた病院の病室が、10人部屋であったので(これには流石の仙人も驚き参った)それに比べれば、なんとかなりそうである。

病室

*当該病院の病室ではありません。

ボーツとしていると、意識をしなくても部屋の中の様々な情報が目に止まる。かべのひび割れ、天井の一部に開いた穴、雨漏りの痕跡か黒いシミがある。

部屋には大きな出窓があり、窓枠は鉄製の格子cp0054である。レトロ感があって、先ほどの黒いシミとどことなくマッチし、不思議なもので許せる気持ちになってくる(諦念かもしれないが)。

そういえば、フランスのパリでは、ナポレオンの時代(それくらい古い)の建物が、外観はそのままで病院として利用されている。

今日は冬型の気圧配置で、外の風は冷たいが空は良く晴れている。格子状の窓枠に切り取られた空が、開放感があってとてもよい。

sora1

美人看護師にニンマリ

そこへ、息を弾ませ急ぎ足で担当看護師がやってきた。挨拶、自己紹介をする。やや息を弾ませているが、テキパキとした感じで、安心感がある。

中々の美人である。思わず頬が緩む。(ニンマリ)

猫仙人

一連の入院説明があり、5枚くらい書類に署名をもとめられる。

そして

やっと出てきました。クリニカルパスです。

なぜか、退院日が記載されていない。ずーっと入院になっている??

通常この手術の入院期間は日帰りを除けば3~5日である。思わず、「退院はいつになりますか」と問いかけると「何も問題がなければ、手術の翌日から退院できますよ(3日入院)。2~3日入院される方が多いですが、それは医師と相談してください」

とのこと。

手術の翌日は土曜である。通常、病院経営上、土曜日の退院は好ましくない。また、あまり入院期間が長くなることも好ましくない。病院によっては、土日は医師の診察がないので、とか、検査結果が出ないのでなどと理由をつけて、土曜日には退院しないように仕向けるところもあるが、病状に問題がなければ、ある程度は患者の選択に任せているようだ。

スタッフもなんとなくおおらかでよい。

入院予定時刻(13:00)に間に合うようあわてて病院にやってきたのに、入院説明だけで、本日の予定は終了である。

それでも大切な「俺の空」

看護師は、プライバシーを気にしてか、ベッド周りのカーテンを閉めて立ち去ってしまった。

しかし、これはいけない。なんという閉塞感。

あわてて、カーテンを開ける。やはり空が必要なのだ。

いつも頭上ある空、逃げも隠れもしない(隠れることはよくあるか)空、普段はあまり意識もしない空、空(くう)とも読む空であるが、やはり必要なんですね、空が。

透析クリニックの大きな窓

田端駅前クリニックでは、待合ホールには大きな窓があって、窓際に長いテーブルを設置している。

西向きであり、夕刻は茜色の空が見える。患者さんは、そのテーブルで透析前の食事をされたり、しばし外を眺めて過ごしていらっしゃるようである。

sora2

*写真は田端の空ではありませんが・・

今度、JR新橋駅の近くに新しくオープンする透析クリニックでも、待合ホールは大きな窓と開放感のある眺めを大切にしたデザインとした。

よかった、その空の大切さに気付かされた入院初日であった。

人間ドックの巻(その2)

(前回からの続き)

ああ、地獄の内視鏡

147

診察台に横になると女の医者は、「それでは始めますよ」という

と内視鏡を開始しました。

のどから管が通っていく、内視鏡が入っていその実感を分かって

もらえる人もいるかと思います。

内視鏡が喉に通過するか否か。この時にすでに私は猛烈な吐き気

をもよおしていました。

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

苦しいその時に

「少しは静かにしてください」看護師に言われ、

「おいおい、それどころじゃない」と思いながら、喉に内視鏡が

通っているために、何も反論できずただ冷や汗が額を流れまし

た。

苦しさのあまり目から涙、口からは涎、しまいには嘔吐の連続で

した。

意識がもうろうとする中、これがどれだけ続いたのでしょうか。

私には時間の流れがわかりませんでした。

頭はもう思考能力が停止状態でしたが、しばらくすると冷静さを

取り戻し、そのうちに少し慣れてきたようです。

医師は「もう胃に到達していますよ」と言うと内視鏡の先端を

胃壁につけはじめました。

そしてそのまま胃壁に内視鏡の先端が当たったまま、グルっと

一回転させたのです。

「いててててててて」

「何てことすんだ」

こう思いましたが当然声にはならず身体中が緊張しました

しかし医師は、私のこの反応に我慢ができない患者だ、と思った

のでしょう。

「少し我慢してください」

と冷たく言い放ったのでした。

痛さを我慢して、苦しさを我慢して、鼻から鼻水、目から涙、口からヨダレ、お腹の痛みを抱えながら、内視鏡は終了しました。

もはや、体の力は残っていなく、ふらふらと診察台から降り、

診察室を後にしました。

それから、どうしたのか?私の記憶が消されていました。

これが私の内視鏡の初体験でした。

それ以来、内視鏡は絶対やるものかと心に決めていました。

その大病院の若い女の医師は、おそらく内視鏡のベテランではなく、

経験をこれから積んで習熟するために、経験を積んでいたの

でしょう。

その後、新聞紙上で内視鏡により、胃壁に穴をあけ、患者が重体

になるという記事を読んだのでした。

もしかして、私も医療事故の犠牲になっていたかもしれないと

思うと背筋が寒くなったのでした。

基幹病院での内視鏡の経験は10年前、こうして私の中に恐怖の記

憶として刻み込まれたのでした。

仙人 病院へゆく

ハムレットの心境だ

とはいへ、前回コメントした手術のために探索した病院の外来にかかるだけなので大層なことではないか。

田端からマウンテンバイクを駆って、紆余曲折して迷いながら約30分で到着。

想像していた以上にコテコテ(関西弁?剣道の技ではありません)の下町・下駄ばき病院。

病院の状況は、ホームページや外来に、◯年◯月移転新築とのアナウンスがされていることから容易に想像できるが、期待以上のものだ。

これでは、病室や手術室はどんな状況であろうかと想像すると、思わず躊躇してしまう。引き返すなら今だ・・、だがそこは、アドベンチャー精神で踏みとどまり、受付へ!

コテコテの下駄履き病院

当然のことながら世間のIT化の流れなどはどこ吹く風、事務職員が忙しそうにカルテや会計表の受け渡しをしていた。どうしたものかと、突っ立って様子を眺めていても、誰も気にする様子はなく、諦めて、こちらから声をかけて問い合わせる。

リハビリやインフルエンザの予防接種を希望されるお年寄りが多いようだ。

事務の方に案内されて、外科外来へ。とはいえ、診察室の前の狭い廊下に椅子が置いてあるだけで待合スペースはない。

椅子に座って待っていると、看護師さんの大きな声が聞こえる。そう、高齢の患者さんにお薬のの説明をしているのだけれど、全く要領を得ないのである。大きな声で、ゆっくり、3回くらい説明をしているのだが、患者さんは「はぁー?」とうわのそらの様子である。

看護師さんも大変だ。忍耐とパワーである。が、報われているのか?ほんとうにこれでよいのか?

と疑問に思うのである。

看護師不足の中、人海戦術ではなく、制度的にも、運営的にも何か他の方法があるような・・・、

待合の廊下のすぐ隣が救急外来になっており、医師や看護師、時にはストレッチャーに乗せられた患者さんが前を通り過ぎるが、重症患者さんはいないので緊迫感はない。救急外来の扉は開けはたれており、病院の中も、下町長屋の風情である。

実は多くの病院はこんな感じであるが、なんとなくこれがあたりまえと思っている風でもある。

さすがは専門特化?

てなことに思いを巡らしていると、程なく名前を呼ばれ診察室へ。思っていたより待ち時間は短い。

医師からは丁寧に自己紹介をされ、こちらも症状を説明する。

ここから後はトントン拍子である。

すべての検査がパッケージ化されており、心電図、レントゲン、CT、採血とすべての検査を終え、再度診察を受け、確定診断、手術日を決定するまで1時間もかかっていない。看護師の説明も要領を得ており、ここは、さすが専門特化というべきか。

狭い病院も悪くはない

大病院は、患者さんも多いので当然なのかもしれないが、広い外来ホールがあって立派に見えるが、お年寄りにはホールを渡りきって目的地にたどり着くのも大変だ。仙人も数年に一度はぎっくり腰になって近所の整形外科医院にお世話になるが、そういう状態での移動はほんとうに大変である。

この病院は、玄関、受付、診察室、検査室などがそれぞれ目と鼻の先の位置にあり、移動距離が短く助かる。長居をしない前提であれば狭い病院も悪くはない、かも・・・

何より、専門特化とパッケージ化で、初診で躊躇なく即日に入院日・手術日が決まるのはありがたい。また、手術日も週末近くで希望通り、翌週から仕事ができる(手術がうまくいけばの話だが)。

最初は受診をためらいはしたものの、気をとりなおして、入院することにする。

看護師さんご苦労様、でも・・

どこの病院でもそうだが、看護師さんは走り回っていて大変だ。種々雑多な仕事は引き受けてはさばいている。なんとか工夫はないものか、走り回っていて工夫どころではないというのが実態か。

また、一人暮らしのお年寄りが多くなれば、病院の受診は大変だし、きちんと服薬できなければ本当に効果があるものかも疑問である。制度的に病院ではなく、かかりつけ医やかかりつけ薬局など在宅での医療やケアをすすめているもの理解できる。

慢性透析医療では

さて、慢性透析医療は専門特化、パッケージ化に適した医療で、前回紹介したカナダの病院のように、特定の領域に絞って技術とサービスを磨くことで効率的で質の高いサービスの提供が可能ではないかと思われる。

当院では、患者さんにとって気持ちの良い、また効果性の高い医療サービスを目指して努力をしているが、まだまだ、これが当たり前で、しょうがないと思っているところがないか、もっとブラッシュアップできるところがないか、常に検証し、改善を続ける必要があるのだろう。

心からの「ありがとう」

 

先日、母と一緒に銀座界隈をプラプラ(いわゆる「銀ブラ」)した時のお話。

その日は平日の午前中ということもあり、高齢の母とゆっくり歩くのには、とても快適でした。

残念に感じていたのは、実は本人だった

ただ、とある有名な洋食店で頂いたお食事(お肉)が傷んでおり、残念な思いをした後だったのです。

その日は、お正月休み明けで仕入れが止まっている時期でしたので、

お店からすれば年末に済ませておいた仕込みが、そのまま年を越したため、

たままた生じてしまった不運であったのだと思うのですが。。。

母は、そのことに珍しく憤慨していたのです。

母曰く、

「他の人が食べてお腹を壊したら大変」

「せっかくの銀座で、名のある洋食店に足取りも軽く初めて訪れた人の失望感を考えたら、黙っていられない」とのこと。

ふむ。母の言い分も理解出来る。

カキフライ

しかし後々よく考えてみると、かく言う母も久しぶりにその洋食店を訪れた一人であり、なにを隠そう母自身がとても残念な思いをしていたのかもしれません。

そんな、やりきれない思いを抱えた母に、「気分転換になるよ」と、M越の地下まで私の買い物に付き合ってもらったのです。

 

残念な思いは、吐き出すに限る!

まだまだ人出が少ない時間帯でしたので、

お目当ての化粧品売場カウンターに着くと「どうぞ!」と私達に席を勧めてくれたのです。

最初は、躊躇していた母も「ではお言葉に甘えて。。。」と私の隣に座り、

最初のうちは店員さんと私のやりとりを、ふむふむ。。。と黙って聞いていたのです。

さて、私と店員さんとのやりとりの中、ふと母を見ると少しばかり元気がない様子。

「疲れた?」と聞くと、「大丈夫よ」と一言。

店員さんも「お疲れになりますよね」と一言かけて下さったのですが、

(おやおや・・・なんか様子が変だ・・・)

ここで娘の予感が的中するのです。

「実は、さっきランチで少し残念な事があったもので。。。」と店員さんに告げると、

「あら、そうでしたか。。。」と同調する店員さん。

ここで母と私の目が合うと、親子ならではのアイコンタクト。

(母:本当よねぇ〜)(娘:はいはい。分かってるから。)

そうしたところ、この店員さんは若い方だったのですが、大変聞き上手な方で、

母の鬱積した残念な思いが怒涛のごとく吹き出し、「あの出来事」を話し始めたのです。

母は決して無口ではないのですが、(娘とは正反対で)あまり話をすることが得意ではないのです。しかし、聞き上手な若い店員さんを前に、残念で納得の行かない思いを吐き出し始めたのです。

※実は、その洋食店を出てすぐ母があまりグチグチ言うので、私も「もう済んだことだからいいじゃん!」なんて一蹴してしまったことも母のストレスになったのかもしれません。

とりあえず気が済むまで話を聞いてあげれば良かった。。。と心から反省したのでした。

 『お母さん、ごめんなさい』

ライオン 

 

化粧販売のホスピタリティ

いきなり「残念な話」を聞かされて、たまったものではないのが、その若い店員さんです。

しかし、さすが銀座M越だけあります。

マダム(いわゆるオバ様)達の対応には、めちゃくちゃ慣れていらっしゃるのです。

最初のうちは、

「そうだったんですか」「それは大変でした」等の同調で対応されていたのですが、

暫く経つと(母は同じストーリーを堂々巡りしているのですが)、

「・・・で済んで良かったです。でも・・・だったら、もっと大変な事になりますものね」と、母の怒りを共有して下さり、

最後は、

「同じお客様あっての仕事をさせて頂いている私たちも大変勉強になります。お話を聞かせて下さり、ありがとうございました。」

そう言われて、深々と頭を下げられたのです。

 

これを目の当たりにした時、ただ単に対応に慣れているのではなく、

『上級なホスピタリティ』だと感じたのです。

もしかしたら、閑散時間帯だったから、ゆっくりお付き合い下さったのかもしれません。

しかし、それだけでは説明が出来ない『説得力』があったのです。

つまり、この若い店員さんは『心からそう思って下さっている』のだと、感じたのです。

本当に「大変でしたね」と。

本当に「大事に至らず良かったですね」と。

そして、本当に「勉強になります。ありがとうございました。」と。

 

これは感じる私たちではなく、感じさせる店員さんの力に他ならない、そう感じたのです。

かくして我が母は、

「お若いのに、とてもしっかりした店員さんだったわね。さすがM越!」

そう言って、気持ち良く午後のひと時を過ごすことが出来たのです。

※『ありがとう』M越のコスメコーナーの店員さん♥

コンシェルジュ

 

コミュニケーションとは。。。

老若男女問わず、コミュニケーションが苦手な方はたくさんいらっしゃると思います。

医療者だからといって、上手に受け答えが出来る人ばかりかと言ったら、決してそんなことはありません。

透析医療の現場でも、日々の対話や信頼関係が重要になるのですが、

透析医療に関わる人々全員が、十分な対話力を持っている者ばかりとは限りません。

そんな時、ただ安直に「コミュニケーション力を高めよう」と目標を掲げた所で、

元来苦手にしている人たちにとっては、そもそも何をどうしたら良いのかが分からないこともあるでしょう。

 

その通りだと思います。

 

そんな時、私はこう思うのです。

「心から感じた、心からの思いを言葉に乗せてみてはどうだろうか」と。

 

『心からの感謝の気持ちを込めた “ありがとう” 』。

 

私たちは、どれだけ感謝の気持ちが詰まった「ありがとう」を周りの人たちに伝えているだろうか。。。と内省してみる。

そして、心のこもった「ありがとう」を誰かに言ってみる。

伝えた私たちは想像以上に気持ちが良く、きっと言われた人たちは幸せな気分になってくれると思うのです。

これが、コミュニケーションの原点の様な気がしています。

そして、ホスピタリティマインドの礎なのだ、とも感じるのです。

礼儀正しい態度や言葉遣いは、とても大切です。

でもそれは、相手に対する敬意や思いやりの表現が「礼儀正しさ」なのであり、

そこに「心」が込められた時の礼儀正しさが『上級のホスピタリティ』になると思うのです。

 

意識して「心からのありがとう」を伝えてみようと、原点回帰させてもらった出来事でした。

 

素直な心からの『ありがとう』の気持ちが行き交う職場なら、

きっと、患者さんも幸せを感じて下さると信じて。。。

 

感謝