田端駅前クリニックスタッフのブログ

Category Archives: 透析患者さんの気持ち

世界を翻弄するギリシャの悲劇と政治の喜劇

「ゆめてれ・ぽぽら」をヨロシク

透析患者さんは、週3回、計12時間以上を透析に費やしている。当院では、この時間を活用できることが患者さんにとって重要なことと考え、「ゆめてれ・ぽぽら」のサービスを無料で提供している。

TVやホテルなどで利用されているVOD(ビデオ・オン・デマンド)、インターネット検索、フェイスブックなどが利用できるタッチパネル式のテレビモニタで、地震を敏感に察知し、患者さんに冷静に対応するよう注意を促すシステムを兼ね備えている。
「ぽぽら」はより「ぽじてぃぶ」に、 より「ぽっぷ」に、 より「らくちん」に、という思いを込めて名付けられたが、イタリア語で「みんなの集まる広場」という意味もあるそうだ。

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時代劇ライムライト

さて最近では水戸黄門が終わるなど、TV番組から時代劇が消えつつある。大河ドラマやNHKのシリーズが細々と放映されているくらいか・・、こういう状況を元に制作された映画に「太秦ライムライト」がある。主人公は、いつもはセリフもほとんどない斬られ役の殺陣師である。活躍の場がなくなっていく映画・TVの世界に生きる昔気質の芸人の悲哀を描いている。

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この映画は、時代劇とは縁遠いハリウッドの映画学校で学んだ新進気鋭の若手日本人監督と、アメリカ人カメラマンが、時代劇の殿堂、太秦に乗り込んで撮影したものだ。

桜吹雪か 印籠か

この映画については、またの機会にするとして、時代劇によく登場するシーンを思い出して欲しい。
母一人子ひとりの貧乏な一家が貧乏長屋で暮らしている。母親の内職でなんとか暮らしていたが、病で伏せってしまった。そこへ、高利貸しが薬代のための借金の取り立てにやってくる。
この高利貸しは、ほかでも悪代官と結託してさらに暴利をむさぶっている。
最後は主人公が、この高利貸しを悪代官をカッコよくやっつける勧善懲悪劇である。

貧乏長屋のかわいそうな家族と時代劇のストーリーはあまり関係ないが、このシーンが高利貸しの悪人ぶりをより際立たせる。
そう、お金を借りて返さない方ではなく、貸した方が悪者なのだ。
こんなに困っていて、払いようがないのだから、金持ちの方が折れて大目に見てやれよというのが庶民感情だ。

同じように落語によく登場する場面を思い出してみよう。ノーテンキで怠け者、おまけに酒付きでお調子ものの店子が、すっとぼけて家賃を払わない。大家は何度も家賃を取り立てに来るのだが、ちっとも話がかみ合わない。ここでも大家は負けている。

ケチでも「貧乏長屋の花見」くらいのほうが愛嬌があってよい。

聴衆は貧乏な庶民の味方である。

ギリシャの丘に桜吹雪はにあわない

さて、ギリシャがユーロから離脱するかどうかを巡って、世界が(かどうかはわかりませんが、少なくとも日本では多くの特集や報道があった。)注目したギリシャの国民投票は、大方の予想に反して、緊縮財政を受け入れないというものだ。

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ギリシャ国民の意向は、ユーロは離脱したくないけれど、緊縮財政はまっぴらというもの。それはそうだけれど、それは都合が良すぎるだろう、と言いたいところ。

借金をしておいて、返さない。しかも自分たちの生活が悪くなるのはまっぴらで、やや怠け者に見える(あくまでも個人的な印象です。失礼)ギリシャ人はけしからんと思う人もいるのではないか?実は仙人もそのように思っていたのだが・・・

問題こそが商機の専門家たちの太刀周り

国民投票の前日には、TVの特集番組が組まれ、国際経済、ユーロ経済、ユーロの政治、ギリシャ現代史などの専門家が議論していた。いくら議論が白熱しても、結果は遠く離れたギリシャの国民に委ねられ、結果とはなんのかかわりもござんせんが
彼らの中に、単純にギリシャを避難するものはおらず、歴史的経緯や、それぞれの専門領域での現状分析を踏まえ、どうすればよいかという答えは見つからないにしろ、一定の借金棒引きをしてギリシャが立ち直れる道筋をさがすというのが大方の意見であった。

チプラス首相が、決定を国民投票に委ねたことに、日本では無責任政治と一部避難もあったが・・
直接民主主義発生の地、ギリシャでは当然のことで国民にとって違和感はあまりないという見解
安全保障関連法案を採決した日本の政治よりましか・・

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一定の借金棒引きは仕方がない。
ない袖は振れないし、苦境に追い込むと何をしでかすかわからないし、そもそも借金のかたに国を占領することはできない。第一次世界大戦後の過大な債務負担がドイツにおいてヒットラーの台頭を許したという経験から、第2次世界大戦の戦後処理について、日独伊の3国に対しては比較的寛大な措置が取られたという歴史的事実もある。
本来ならもっと早い段階で一定の借金棒引きがあっても良かったが、リーマンショック後の混乱で、欧州中央銀行にもそのような余裕がなかったというのが大方の認識で、何れにしても、ギリシャが立ち直るのを支援するしかないということのようである。

ユーロ問題は日本の課題の鏡

日本国内なら、自己財源で賄えない自治体には地方交付税が交付されるが、そういうわけにもいかない。

東京都は地方交付税を支給されたことがなく、都民はもっと文句をいってもよいと思うが・・・

話題になっている国立競技場のような巨大な国家プロジェクトが都の経済を潤すことは間違いない。その他、原子力発電所の立地市町村も交付税を必要としない財政状況のようだ。

政治が絡むお金の流れは複雑だ。

ギリシャの国民投票から2週間がたち、ユーロ各国はギリシャへの追加支援を、ギリシャは一定の緊縮財政制作を受け入れるという常識的な妥協点におちついた。

政治家たちの喜劇と太刀周り

お互いに、庶民から嫌われる役回りを巧みに避け、妥協点にたどりついた、職業政治家たちの見事な太刀周りだったのか・・

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さて、観光資源以外にこれといった資源も産業もないギリシャがこれからどう立ち直るかは困難を極めるが、ギリシャとは比べものにならない膨大な借金をかかえ、いまなお放漫な財政政策を続ける日本はどうなることやら・・

しかしギリシャは魅力的ですね

一度は行ってみたいものです。

そうか、みんなミラーマンだったんだ!

診療録の電子化三原則

当透析クリニックでは、電子カルテを導入し、レントゲンの画像情報も電子化している。

カルテを電子化する時の要件は、難しい表現であるが
1 真正性
2 見読性
3 保存性
が確保されていること、とされている。

真正性とは、容易に改竄(かいざん)できないことである。

従来の紙のカルテも、修正液や消しゴムはいけない。筆跡が書いた主の証なら代筆もいけないはずである。

電子カルテでは、他の人の知らないはずのパスワードを使って本人がログインして、入力し、確定後は修正できない仕組みになっている。したがってログインパスワードの管理がキーになる。

見読性は、判読できること。

実は紙カルテの見読性はかなり怪しいようだ。多忙な医師は急いで走り書きをする。仙人も自分の書いた文字が読めないことは日常茶飯事時だ。中には英語、ドイツ語などを駆使して走り書きをする医師もいて、そのカルテに書かれた指示を見て看護行為をする看護師は大変である。カルテに書かれていることが見読できればその病棟では一人前になったなどと訳の分からぬことも以前はあったような。

保存性は、消失しないこと。

紙のカルテだって火災にあったり、誰かが借りて返し忘れれば保存性はおぼつかない。電子化では、サーバーの二重化、ミラーリングの技術が必須とされた。最近では、さらに災害時に備えて、地震の少ない地域にクラウドサーバを設置することもあるようだ。岡山県が比較的地震がすくなく、クラウドサーバの設置場所として選ばれている。

電子カルテが普及する前は、このように、変化に抵抗する勢力が、難癖をつけて電子化に反対したが、紙カルテにしても三原則を満たしているかどうかはかなり怪しい、ケースもありそうだ。三原則を100%満たすことは困難だが一定の条件をクリアすることが必要をされている。

ミラーニューロンとミラーマン

ちょっと難しい導入となったが、本日はミラーリングの話である。とは言ってもコンピュータ技術とは違って、人の脳の中にミラーニューロンと呼ばれる神経があるそうな・・ということである。そう、みんなミラーマンなんですよ。
と言われても、ミラーマンなるウルトラヒーローを知る人は少ないか。
半世紀も前のころにウルトラマンの後継としてちょっとだけ登場したウルトラヒーローである。

ミラーマン

カエルの子はカエル

このミラーニューロンは、脳科学の実験から明らかになったもので、人が他人の真似をする時に活性化するのでこのように名付けられた。考えてみれば、子供はなんでも大人の真似をすることで成長していく。言葉はまさにそうだ。

0歳児は、何にでもなれる、何語でも操れる高い可能性を持っているスーパーマンだが、可能性の芽をつみながら、大人の真似をし、生まれ落ちた環境に適応しているのだ。
遺伝子を受けつぎ、親の真似をして成長すれば、親に似るのはやむを得ない。この子だけは自分のようになって欲しくないという願いは、概ね叶えられないということか。

成人まで親元で暮らすようになった現代では特に難しいかもしれない。

ちゃっかりしているミラーニューロン

さて、このミラーニューロンは、目の前で、近しい人が喜んでいる時にも、激しく活性化しているというのである。喜びを分かち合うことで、人との関係性はより親密になる。
では、悲しみ、苦しみはどうであろうか。
実験によると(恐ろしいことになんでも実験済みである)、悲しみや苦しみに対しては、喜びに対するほどは、ミラーニューロンの活性化が見られないということだ。

困難に首をつっこむことになるのは難儀だし、そもそも自分も悲しくなるのは割に合わないので、そういうことは避けたいという本能なのであろう。経済合理性にかなっている。
遺伝学者の手にかかればなんでも、遺伝子の自然選択によるものとなってしまう。

医療スタッフはウルトラ・ミラーマン

患者さんは、当然のことながら身体的な痛み、苦しみを抱え、精神的にも苦しく、辛い気持ちを持っている。多くの人はそのことを避けて通りたいのだが、医療職者は、そのことを察し、共感できなければいけない。

人一倍、ミラーニューロンを発達させ、優れたミラーマン・ミラーウーマンでありたいものだ。

「人イヌにあう」ならぬ「ひとイスにあう」

人イヌにあう

「人イヌにあう」は動物学の碩学、コンラッド・ローレンツの著作である。

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犬好きの貴兄には、ぜひお勧めしたい1冊である。学生の頃読んだもので内容についてはほどんど記憶にないが、とても面白ったことは記憶している。全くええ加減な推挙である。

犬は人生の良き友とはよく言われる。
我が家にも愛犬がいる。もう15・6歳なので老犬である。
最近では耳も遠くなり、呼んでもやってこない。
残念ながら犬の寿命は人の10分の一ほどである。
物語になるような賢い名犬でもない、ただの雑種であるが、その間抜けな行動に家族が一喜一憂する。雨や雷が嫌いである。

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*横向きになってしまったが、ゴロゴロ言い出して中に入れろという催促である

嫁さんは、最近、腹に据えかねることがあると、この犬に不満をぶちまけ、同意を求め溜飲を下げている。犬もこの後にはおやつがもらえるのでおとなしく聞いている。
家庭の平和にも不可欠な存在となっている。

「シエ」

浅田次郎の短編に「シエ(けものへんに解と書いていた)」という作品がある。
愛犬家のようであるが、犬ではない、ペットショップで勧められた奇妙な動物の話。
どんなペットフードも食べないがちゃんと生きている。飼い主は失恋をしたり、なかなか幸せを感じられないでいる。そう、飼い主の不幸を、涙を食べて生きているのである。
シエは心の中でつぶやいている「不幸の分だけちゃんと幸せになれるよ、ほんとだよ・・」と
そして、飼い主がしあわせになって、シエも死んでいくのである。

雑種の言い分

これから犬を飼おうという人には、是非雑種を勧めたい。
何世紀か忘れたが、オランダでチューリップが投機の対象となり、人々は珍しいチューリップに群がり、育種が盛んになり黒いチューリップが作られた。
犬も同じで、人が育種によって作ってきたものだ。珍しい犬、特殊な技能を持った犬、血統書付きの犬はそれだけ近親相姦の状態になっており、遺伝的に不健全で、精神疾患や持病を持っていることが多いということだ。雑種は幾分そのリスクは低く、しかも全くのユニークな存在ではないか。

人イスにあう

前置きが長くなったが、
今日は、犬ではなくイスの話である。(全く関係ないか)

仙人は、若い時から腰痛に悩まされ、30年ちかくこの椅子を愛用してきた。

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確かに腰痛には良い。優れものであるのだが、くつろぐという感じではない。

オフィスワーカーは、少なくとも1日8時間は同じ椅子に座っていることになるが、行動の不自由さからいうと、透析患者さんはもっと大変である。
入院経験からわかったことだが、病院のベッドはなかなか厳しい環境だ。長時間寝たきりにさせられると褥瘡ができることは容易に想像できる。
そのため、当院では可能な限り快適な椅子をということで、低反発素材を使用したフルフラットのリクライニングチェアを用意している。

快適さとプライバシーの確保を兼ねて、旅客機のファーストクラスに使われているフルフラットシートを活用したいと考え、メーカーの調査をしたこともあるが、1客1000万円近くするとのこと(他の業種には売りたくないということかもしれないが)で、さすがにこれは断念した。

東京ステーションギャラリーでイスにあう

東京で出会ったお気に入りの椅子は、東京ステーションギャラリーにある。
3階から作品を鑑賞し、煉瓦造りの回廊を螺旋階段を降りて2階へ、そして最後のビデオギャラリー兼休憩室に置かれている2客の木製の椅子。

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やや低い、大きめの座面と広がりのある肘掛、背もたれもちょうど良い位置にフィットする。
歩き疲れて腰を下ろすと、全身の力が抜けてゆったりとした気持ちになる。
シンプルでおおらかな椅子である。

仙人の入院記 3の巻

手術台にのせられて、両手に華の夢ごごちで眠りについたところまではよかったが・・

夢なら覚めないでほしいものだが、現実はそんなに甘くはない

そもそも手術なのだから当たり前である。

どうやら意識が戻ってきたようで、腹部に鈍痛を感じる。何時間眠っているのだろうか、あたりはスッポリと闇に包まれている。もう夜のようだ。
おそらく長時間寝返りもうたず同じ姿勢で寝続けていたせいであろう、体が鉄の塊のように固まっている。腰がベッドにめり込んでいるようで、こちらも鈍痛がする。

呻き声をあげるほどではないが不快である。
しばらくすると、夜勤の看護師が見回りにきた。
どうやら、知らぬまに酸素吸入器や心電計、血栓防止用のストッキングなどを装着していたようで、それらを外していく。血栓防止用のストッキングは、電気仕掛けで空気を送り込んで足を圧迫、弛緩するようになっているらしい。

介助をしてもらいながら、固まった体をまげやっとベッドの上に起き上がる。
腹腔鏡は侵襲の少ない手術とはいえ、ブズッ、ブズッ、ブズッ、とお腹に3つの穴を開けているので、さすがに傷口が痛む。点滴台を転がしてトイレにいくのだが、痛みのため背中を丸め、のそりのそりと恐る恐る歩を進める。なんともはや情けない格好であるが、いたしかたない。

なんとか用を足してベッドに横たわり、再び色々な器具を装着する。
十分に寝た上にお腹と腰が痛むので、ウトウトとするのが関の山だ。お腹の痛みは我慢できるが腰の鈍痛はなかなか厳しい。

 

金属製の窓格子で切り取られた空が白んでくる。
夜が明けるようである。

自由に身動きできないベッドのうえで、膝を立てたり、お腹を気にしながら体位ををかえていると、看護師さんがやってきた。今日の担当看護師は男性である。背はそれほど高くはないが、体育会系風のがっしりした体格で、言葉もはっきりとし動作もテキパキとしている。
この看護師さん、隣の爺さんにどう適応するのか、面白がって聞いていると・・

相手に抵抗する隙を与えないスピードで、・・しますよ。といって行動に移していく。
爺さんは反抗することもできず、やけに従順である。
時に反抗を試みるが、聞き入れる風でも、やり込める風でもなく、取り合わず、どんどんことを勧めていくのである。

看護師は、ものがなんだったか忘れたが、爺さんが食べ物(果物だったか)を隠しもっているのを発見して、「こんなところに隠していたらダメじゃないですか、腐りかけていますよ」といって取り上げてしまう。
これにも反抗できず、従順である。
こういうタイプに弱いらしい

前回登場の宇宙人のような新人看護師は、長続きするだろうか、どのように成長するだろうか?

 

 

主治医の回診である。
手術の状況説明をうけて、特に問題はないとのこと。やれやれである。
退院はいつにされますか?と聞かれ、即座に本日と答える。
とにかくこの狭いベッドのうえで、身動きが取れない上に、腰痛と戦うのは勘弁してほしい。
もう一泊する人が多いようであるが、特に積極的な治療があるわけでもなく、なんとなく不安というだけで、病院にいる理由は見当たらない。

主治医も笑顔で、わかりました、とこたえ、さらに退院後の注意事項などを説明してくれる。
非常に好感が持てる。

 

昼食を済ませ、退院である。
スタッフステーションに声をかけ、会計へ・・
ところが、土曜日でお昼を過ぎてしまったため、会計ができないとのこと。
お支払いは、次の外来の時にということ、このまま来なかったら、未収金になるがどうするんだろうと心配になるが、知ったこっちゃない。

タクシーを呼んで、やっと我が家(とはいえ仮住まいであるが)へ帰ってくる。

 

まずは音楽をかけ、コーヒーを淹れる。
ほっとする。
そして布団を敷いて横になる。
狭い部屋ではあるが、なんといっても伸びのびと横になれるところがよい。

透析患者さんの過ごす4時間、5時間、我が家にいるようにとはいかないが、アメニティはよくしなくてはいけないとつくづく実感したものであった。

たったの3日であるが、仙人の入院記もこれにておしまいである。

次からはまた、徒然なるままに

仙人の入院記(その1)「俺の空」

さすがに不安な入院

1回の外来受診で、すべての検査を終わらせ、診断をつけ、10日後の入院・手術日を決定するというスピード裁定となったが、仙人も修行が足りぬのか、往生際が悪いのか、いかんせんあの建屋である、入院となり数日間そこで過ごすとなると、そう簡単にあばたもえくぼとはいかないもので、一抹の不安が頭をもたげている。

しかし、月日は勝手に過ぎていき、瞬く間に入院当日となる。

潔く病院へ。

そういえば、退院予定日なども聞かされていない。

多くの病院では、入院前にクリニカルパスと言って、入院期間中、いつどのような治療やケアを実施し、特に突発的な問題が起きなかった場合の退院予定や治療に要する費用、自己負担額などの、疾患別の予定表を提示するようになっている。このクリニカルバスなるものの提示が、遅くとも入院時にあるかないかが病院のレベルの試金石の一つになる。

などなど・・考えながら、病院の受付に向かい、入院予定の旨伝える。

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狭くて古いがなんとなく憎めない、このレトロ感

ほとんど待つこともなく、がっちりとした体育会系風(失礼女性である)の看護師さんがやってきて、病棟へ案内してくれる。ノートpcなどをいれた重い私のリュックをさっと取り上げ、先に進む。「重いので持ちますよ」と声をかけるが、頓着せずどんどん前に進む。

エレベータで2階の病室に案内される。担当看護師がくるまで、お待ちくださいとのこと。

所在無くベッドに腰掛け、部屋の様子を眺める。

まずベッドの数を数えてみる。6人部屋であるが、部屋の形が少々変形で、5人が足を窓に向けて並び、一人のベッドは窓際で横付けされている。以前、サイクルリング中に転倒・骨折し、救急搬送され手術を受けた病院の病室が、10人部屋であったので(これには流石の仙人も驚き参った)それに比べれば、なんとかなりそうである。

病室

*当該病院の病室ではありません。

ボーツとしていると、意識をしなくても部屋の中の様々な情報が目に止まる。かべのひび割れ、天井の一部に開いた穴、雨漏りの痕跡か黒いシミがある。

部屋には大きな出窓があり、窓枠は鉄製の格子cp0054である。レトロ感があって、先ほどの黒いシミとどことなくマッチし、不思議なもので許せる気持ちになってくる(諦念かもしれないが)。

そういえば、フランスのパリでは、ナポレオンの時代(それくらい古い)の建物が、外観はそのままで病院として利用されている。

今日は冬型の気圧配置で、外の風は冷たいが空は良く晴れている。格子状の窓枠に切り取られた空が、開放感があってとてもよい。

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美人看護師にニンマリ

そこへ、息を弾ませ急ぎ足で担当看護師がやってきた。挨拶、自己紹介をする。やや息を弾ませているが、テキパキとした感じで、安心感がある。

中々の美人である。思わず頬が緩む。(ニンマリ)

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一連の入院説明があり、5枚くらい書類に署名をもとめられる。

そして

やっと出てきました。クリニカルパスです。

なぜか、退院日が記載されていない。ずーっと入院になっている??

通常この手術の入院期間は日帰りを除けば3~5日である。思わず、「退院はいつになりますか」と問いかけると「何も問題がなければ、手術の翌日から退院できますよ(3日入院)。2~3日入院される方が多いですが、それは医師と相談してください」

とのこと。

手術の翌日は土曜である。通常、病院経営上、土曜日の退院は好ましくない。また、あまり入院期間が長くなることも好ましくない。病院によっては、土日は医師の診察がないので、とか、検査結果が出ないのでなどと理由をつけて、土曜日には退院しないように仕向けるところもあるが、病状に問題がなければ、ある程度は患者の選択に任せているようだ。

スタッフもなんとなくおおらかでよい。

入院予定時刻(13:00)に間に合うようあわてて病院にやってきたのに、入院説明だけで、本日の予定は終了である。

それでも大切な「俺の空」

看護師は、プライバシーを気にしてか、ベッド周りのカーテンを閉めて立ち去ってしまった。

しかし、これはいけない。なんという閉塞感。

あわてて、カーテンを開ける。やはり空が必要なのだ。

いつも頭上ある空、逃げも隠れもしない(隠れることはよくあるか)空、普段はあまり意識もしない空、空(くう)とも読む空であるが、やはり必要なんですね、空が。

透析クリニックの大きな窓

田端駅前クリニックでは、待合ホールには大きな窓があって、窓際に長いテーブルを設置している。

西向きであり、夕刻は茜色の空が見える。患者さんは、そのテーブルで透析前の食事をされたり、しばし外を眺めて過ごしていらっしゃるようである。

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*写真は田端の空ではありませんが・・

今度、JR新橋駅の近くに新しくオープンする透析クリニックでも、待合ホールは大きな窓と開放感のある眺めを大切にしたデザインとした。

よかった、その空の大切さに気付かされた入院初日であった。

人間ドックの巻(その2)

(前回からの続き)

ああ、地獄の内視鏡

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診察台に横になると女の医者は、「それでは始めますよ」という

と内視鏡を開始しました。

のどから管が通っていく、内視鏡が入っていその実感を分かって

もらえる人もいるかと思います。

内視鏡が喉に通過するか否か。この時にすでに私は猛烈な吐き気

をもよおしていました。

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

苦しいその時に

「少しは静かにしてください」看護師に言われ、

「おいおい、それどころじゃない」と思いながら、喉に内視鏡が

通っているために、何も反論できずただ冷や汗が額を流れまし

た。

苦しさのあまり目から涙、口からは涎、しまいには嘔吐の連続で

した。

意識がもうろうとする中、これがどれだけ続いたのでしょうか。

私には時間の流れがわかりませんでした。

頭はもう思考能力が停止状態でしたが、しばらくすると冷静さを

取り戻し、そのうちに少し慣れてきたようです。

医師は「もう胃に到達していますよ」と言うと内視鏡の先端を

胃壁につけはじめました。

そしてそのまま胃壁に内視鏡の先端が当たったまま、グルっと

一回転させたのです。

「いててててててて」

「何てことすんだ」

こう思いましたが当然声にはならず身体中が緊張しました

しかし医師は、私のこの反応に我慢ができない患者だ、と思った

のでしょう。

「少し我慢してください」

と冷たく言い放ったのでした。

痛さを我慢して、苦しさを我慢して、鼻から鼻水、目から涙、口からヨダレ、お腹の痛みを抱えながら、内視鏡は終了しました。

もはや、体の力は残っていなく、ふらふらと診察台から降り、

診察室を後にしました。

それから、どうしたのか?私の記憶が消されていました。

これが私の内視鏡の初体験でした。

それ以来、内視鏡は絶対やるものかと心に決めていました。

その大病院の若い女の医師は、おそらく内視鏡のベテランではなく、

経験をこれから積んで習熟するために、経験を積んでいたの

でしょう。

その後、新聞紙上で内視鏡により、胃壁に穴をあけ、患者が重体

になるという記事を読んだのでした。

もしかして、私も医療事故の犠牲になっていたかもしれないと

思うと背筋が寒くなったのでした。

基幹病院での内視鏡の経験は10年前、こうして私の中に恐怖の記

憶として刻み込まれたのでした。

人間ドックの巻(その1)

苦しい時の神頼み!

 

先日、久しぶりに人間ドックに行きました。

実は、胃の内視鏡が大の苦手です。

そのために、最後に健診をしたのが3年前。

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「そんな間あけたら意味無いじゃん!」と突っ込まれそうですが、いや本当に内視鏡嫌なんです。

人間ドック嫌いは思い起こせば、10年程前の事です。大手の病院で人間ドックを受けたことがあります。

その時、基幹病院なので熟練した内視鏡の医師がいて、きっと苦しくないのだろう?と

思い、うけることに。

「大きいことはいいことだ」は誤り

これが間違いの始まりとは知らず、勝手な思い込みで涼しい顔をしていました。

着替えを終えて内視鏡室の前の待合室のベンチに。既に4人の男性がベンチにこしかけていました。

しばらくすると、看護師がきました。

凛としたというか、事務的というか、冷たい感じの看護師でした。手には、小さなカップ持っていて

それを渡されました。

そのカップの中には少量の液体が入れてあり「この薬を口に含んでください」と指示されました。

少量を口に含むと何か苦い味がしました。そして、しばらくすると舌や喉がしびれてきました。

「ああ、これ麻酔だな」と素人でも判りました。

「それでは、順番にお呼びしますからね、ここでお待ちください」と看護師は処置室に入り

待合室で待たされること30分以上。私は最後の5番目でした。

そうか、5番目かと思い自分の番が来るまで待っていました。

そのうちに、時間がたつにつれ次第に舌や喉の痺れがなくなってきました。

人生最大の過ちとは?

(おいおい、麻酔が切れきているけど、このままで大丈夫か?)と不安がよぎりました。

ここでも、きっと大病院、基幹病院だから大丈夫さと高をくくっていました。

しばらくして、4人目の患者さんが終わり看護師に呼ばれ、私の番です。内視鏡室へ。

部屋の扉を開けると若い女医が待ち受けていました。

(おいっ、この出立ちは何だ?)

上半身はナイロン製の前掛け。顔にはゴーグル、手はグローブという出立ち。

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嫌な予感がしました。

もしかして、検査中に嘔吐物が多いために、防御のために全身をおおっているのでは。

という予感がしました。まさかその時にこの予感が的中すると思わずに、言われるままに診察台に横になりました。(続く)

嬉しいお年賀

本年も宜しくお願い致します。

さて、皆さんは今年のお正月をどのようにお過ごしになりましたでしょうか。

私は日常と何ら変わらない日々を送っていたのですが、

そんな中に、ちょっぴり嬉しい出来事がありましたので、ショートストーリーを1つ。

 

お年賀

2年前に引っ越しをして、それ以来ごくごく身近な人にしか転居先を知らせていないため、

 ※別にやましいことがあるわけではありません。ただの無精です。

届く年賀状も限られており、

なんの期待もせずに日常と変わらず郵便受けを見た1月2日の事でした。

「おや?」

年始早々、マンションの管理会社の名前で「謹賀新年」の赤いハンコが押してある封筒が1通入っていたのです。

 ※営業担当だった時代は、自分の名刺に「謹賀新年」のハンコを押しまくり、
 得意先への挨拶回りで、ひたすら配りまっくたものです(懐かしぃ〜)。

 

はてさて「なんでしょう?」と思いながら、

その封筒を外側から指先の感触だけで探り探り、エレベータに乗り込み部屋へ向かったのです。

名刺サイズの硬い「何か」が入っているのは分かるのですが、

「あぶらとり紙かなぁ〜。それとも付箋?」

「緊急連絡先が記された磁石だったら、いらないなぁ・・・」

なんて勝手な妄想をしながら、部屋に入り早速 “ショキッ” とハサミで封筒を開けて中を見てみると。。。

丁寧なご挨拶状と共に入っていたもの。

それは、Sバックスのプリペイドカードでした。

 ※そう、あのサードプレイスで有名な。当ブログでも常連の。あのカフェの!だったのです

 

スターバックスカード 

 

感じ方は人それぞれ

「おぉ〜!なんてシャレたお年賀だこと

私は瞬間にそう感じたのです。

そして、こんなことも考えました。。。

「管理会社さんは、色々と頭を悩ませ考えたことでしょう」と。

私の住んでいるマンションは、目の前にSバックスがあるので、

それも「お年賀を何にするか」を考える時の選択肢の1つになったのかもしれません。

または「自分では買わないけれど、もらったら使ってみたい」と思う方がきっといるはず!そう考えたのかもしれません。

いずれにしても、私はこの「お年賀」に感動したのです。

 

しかし、Sバックスの事は知っていても、これ(カード)が何なのか分からない方、

そもそもコーヒーショップに行かれない方にとっては、

「なんじゃこりゃ???」って事にもなってしまうはず。

また、私みたいに単純に「素敵」と感じる単細胞もいれば、

「むむっ!チャージ金額はいったいどのくらい入っているのだろう。」と打算的な思いを巡らせる人もきっといらしたのではないでしょうか。

 ※実際のところ、まだ使っていないので、そもそもチャージされているのかどうかも不明。

 

でも、よくよく考えてみると、

「そもそも」気の利いたお年賀をくれる管理会社なんて世の中にどれ程あるのでしょうか。

 ※マンション(集合住宅)にお住まいの皆さま
 マンションの管理会社さんは、気の利いたお年賀を下さいましたでしょうか?

 

お飾りTBT

 

大切なのは、沢山のハート♥と少しのサプライズ

 

しかし、思うのです。贈り物はあくまでも送り手の気持ちだと。

せっかく送るのだから「心に残る贈り物をしたい」と一生懸命に考えて、

「うん、これが良い!きっと喜んで頂ける」

そう信じて送ったものであれば、きっと相手にその「心」が伝わると思うのです。

実は先日、当クリニックのコンシェ(事務部門スタッフ)が、患者さん全員にあるサプライズをお届けしたのです(詳しくは秘密♥で)。

最初は本当に喜んで頂けるかどうか、皆ずっと悩んでいたのです。

しかし実際の患者さんからの反響は、大成功!!

多くの患者さんが、とても喜んで下さったのです。

 

年末もお正月も関係なく受ける透析治療。

そんな365日が漫然とそて日常と化してしまいがちな中で、思いがけずお渡ししたサプライズは、きっと最高のホスピタリティになる。

そう信じて。。。

この先も患者さんが喜んで下さる笑顔を頂けるように、一生懸命頑張っていこう!

 

そんな思いが頭によぎった、年始のある日の嬉しい出来事でした。

 今年も1年、皆さんに素敵な日々が訪れますように。

 

雪だるま

 

年末のクリニックで起きた出来事ー後編

上から下に押さえる意味とは?

 

看護師に突然言われ、なんのことかわかりませんでしたが、

次第にわかってきました。

想像すると針を留置したまま採血管を替える作業の事のようです。

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「針をさしたまま、管を替えるじゃない、替えるときにどうしても針が動くので患者さん痛いのよ。

私それが心配なのよ。まあ私が新しいものについていけない、ということもあるけどね。」

私は、何となくいたたまれなくなり、(少々哀れにも思い)

「そっ、そうですよね。新しいことがすべていい訳じゃありませんよね。」

「そう、あなたもそう思うの♡」

「そりゃそうですよ。」

そして採血が終わりました。

 

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「はい、上から下に腕を軽く押さえてください」

と穿刺部位に絆創膏をはりながら

「上から下にですからね。決して下から上に押さえてはいけません。

わかりましたか?上から下方向に向けて軽く押さえるんですよ。

何故かと言うと、血管を下から針を刺しているので、その逆の上から下に抑えると

切れた部分がきちんと接着するの。

逆にやるとうまく接着しないので血液が止まりにくくなるのよ。

また、強く圧迫するのはダメね。

強く圧迫すると、血流がとまり血管の圧力が高まるので、圧迫を離した途端に

反動で血流が勢い良く流れだし塞いだ血管から出血しやるくなるの。

だから、これもだめね。」

なんだか余計なことばかり言っちゃったわね。

「いえ、そんなことありません。ありがとうございました」

それだけ言うと看護師は次の患者さんを呼びに行きました。

待合に行きながら「お大事に」と声がしました。

年配の看護師の話は少々くどかったものの、決して嫌な感じはせず、むしろ親近感を

感じたのでした。

普通であれば事務的に終わるところですが、採血一つとっても色々な知識や考え方

の上に成り立っている事は、聞いてみなければ判りません。

当たり前の事が当たり前じゃない

プロは当たり前と思っていることであっても、素人にとっては初耳。それを聞いた時は

新鮮な驚きがあり、決して悪い気はしません。

高い鰯と安い鰯の見分け方とは?

この見分け方分かりますか?

以前に、こんなことを聞いたことがあります。

ある魚屋さんでの出来事。台の上に様々な魚が並んでいるお馴染みの光景です。

 

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スーパーではありませんから、開いてトレイのにのりパックになっているのではなく

魚が一匹づつ並んでいます。

鰯が台の上にあり値段を見ると、一匹300円です。隣に一匹500円の鰯があります。

何で同じ時期の鰯なのに値段が倍程も違うのでしょう。

値段の高い商品を売る秘訣とは?

二匹を見比べても若干大小の差はあるようですが、倍も大きいわけではありません。

お客さんが魚屋の主人に聞きました。

「値段が倍ほど違うけど、大きさはあまり変わっていない。何が違うの?」

主人はぶっきらぼうに「あ、それはね、背中から見てごらん。魚の厚さがちがうだろ。

魚の厚さは、脂のノリ具合と関係しているんだよ。

背中の厚さが厚いものほど、脂が乗っていて美味しいんだよ」

お客「ふーん、そうなの」

しかし、その説明表示はどこにもなく、ただ値段が書いているだけです。

魚の厚さと脂のノリ具合に関して、漁業関係者にとっては当たり前の事でしょう。

しかし、素人の消費者にとっては全く知らないことです。

説明されれば、納得するものの、説明されなければ安いほうがお得感があり

安いものを買う人も多いのではないでしょうか。

ところが、魚屋さんは高い鰯も買ってほしいはずです。

きちんと説明すれば、お客さんは納得し、高い商品でも買う可能

性が高くなります。

この例のように、プロの説明が実は重要になります。

プロに説明されれば納得する事が多いからです。

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問題は、プロが常識と思っていることと素人のお客の知識には大

きな差があるという事です。

常識と思っていることを説明しなければ、素人のお客はわからな

いということなのです。

判りきっていることが実は判っていないという事実

プロは素人に話をするときに、プロであれば常識と思っているこ

とでも話をすることで素人が納得することも多いのです。

どうでしょうか? 説明って大事ですよね。

先ほどの注射の件も言われなければわからない、

言われれば「なるほど」

と納得します。

納得すると何が生まれるでしょうか?

実は何よりも相手の事を少し尊敬したり、親近感をもったりと

相手との距離が縮まって行きます。

そうです、信頼が生まれるきっかけになるのです。

透析医療現場でも、プロはちょっとしたことを説明するか?

しないか?の差は大きいということを忘れないようにしたいもの

です。

年末のクリニックで起きた出来事ー前編

妄想クリニック

 

年末になると、不摂生がたたり、体調を崩すのが毎年の恒例になっています。

(わかっているなら、何とかすればいいのに、毎年同じです)

健康管理をとは思いますが、

これがなかなか思うようにいかない。

透析患者さんの自己管理が難しいのがよくわかります。

正直、私が透析患者になったらきっと不良患者でしょうね。

食事制限→無理、水分制限→無理。
これ太鼓判押します。

威張ることではありません(患者さんすみません)

先日、年中行事のごとく体調を崩した時のことです。

とあるクリニックに飛び込みました。

そのクリニックはビルの3階にある内科クリニックで、駅から近

いということがわかり予約なしで。

エレベーターで雑居ビルの3階に上がると、エントランスはなく

エレベーターがあくと既に待合になっている、そんな狭小な

クリニックでした。

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院長一人(おそらく60代半ば)看護師一人(間違いなく60代)

受付2名(一人50代、もう一人30代二人とも主婦のバイトのようです)
4人体制のそのクリニックでの出来事です。

何かどんよりとした雰囲気で、やる気が感じられません。

ここからは、あくまで勝手な予測です。

なんかこんな感じです。院長は、大病院の内科部長をつとめあげ、定年後に開業し今に至る。
開業する以前は大病院の消化器部長で、勤務中に開業準備をしていたところ、

看護師「先生ご開業されるのですか?」
医師「うん、そうだけど、どこで聞いたの?」
看護師「何となく、そう感じただけです」
医師「もし、先生がご開業されるのでしたら、私ついていこうかな?♡」
「えっ、本当に。いや実は困っていたんだよ。君みたいにベテランが来てくれた
ら助かるよ。♡♡」
看護師「私もあと2年で定年ですから、次の職をどうしようかと思っていた矢先なので、まして先生となら、気心もしれていますし、是非お願いします♡♡♡」
医師「よかった、それでは来月から準備に入るので頼むよ」
とトントン拍子、めでたく交渉成立。パチパチ。
そんな経緯からに、一緒に以前の職場で仕事をしていた看護師がついていき、
看護師がいれば何とかなるから、ということで、頭数をあわせて

何とか開業したといった感じのクリニックでした。

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古い人間とお思いでしょうが?

 

やる気のない医療事務に呼ばれ、保険証を提出し、問診票に記入

し、カルテ等、一連の事務作業を終えて、何となく気怠い雰囲気

の待合に座っていた時に、年配看護師から呼ばれ「それでは採血

しますからね。処置室にどうぞ」

処置室に入り丸椅子をすすめられるまま腰を下ろすと「腕をまくってくださいね」

私「右と左とどちらがいいでしょうか?」
看護師「ああ、それは好きな方で構いません」
私「じゃあ左腕でお願いします」
看護師「ちょっとチクっとしますからね」
(年配の看護師だけど、それなりに丁寧な感じだ)

そこから看護師のトークが炸裂しました。
「私は古い人間だからねえ。」
(何も聞いていないんですけど)
「だからさ、患者さんが痛いんじゃないかと思って。
(何で”だからさ”からはじまるんだ)
私はシリンジで採血し、それを私が分注するようにしているの。

これが私が昔からやっている方法なのよ。

私は古い人間だからね。」
何か、はにかみながら、笑いながら話をしていました。
私「はあ、」

看護師は私が何も話さないのに、一人で話し始めました。
何となく、これからの事を予測すると、気が重くなったのでした。

待合を見回すと、近所の常連の年配の患者さんばかりで、ビジネスマンは私一人。

常連の患者さんで定期的に通院しているという様な人ばかりで、

妙に緊張感がないのもそのせいのようでした。

心の中で「しまった、選択を間違えたかもとの思いがよぎりまし

たが既に後の祭りでした」

つづく。