田端駅前クリニックスタッフのブログ

Category Archives: 透析医療とQOL

真夏の夜の虫たちの饗宴

東京湾花火大会の夜

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8/8(土)は、ここ数週間では珍しく、朝からお天と様が雲に隠れ、蒸し暑さはあまり変わらないものの、ジリジリと焼けるような暑さは和らいだ。
新橋界隈では、夕刻浴衣姿の若い女性をちらほらみかけたが、その日は東京湾花火大会があったようだ。年をとると、夏は苦痛であるが、若者には開放的な夏が必要なのだろう。
ま、夏がないと、アルプス登山もかなわないとすれば夏もいたしかたないということか。
もっとも、35℃以上が常態になるような酷暑は勘弁してほしい。

田端に虫の音が響いた

田端でもここ数日間にくらべ(この間の不快指数があまりに高すぎたというべきだろうが)しのぎやすく感じられた。
夜が更けると、虫の声が聞こえるではないか。
季節的には立秋で、さすがに昔の人は偉いものである。

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このまま、秋らしくなってほしいものであるが、おそらくはそうは問屋はおろしてくれないであろう。

恋の季節の到来か

しかし、やや気温が下がったその一瞬の間に、虫たちが我が秋を謳歌するという、この用意周到さはどうだろうか

秋に鳴く虫たちの一生を見てみると、(小学生の頃の理科の課題研究のようだが)
夏の終わりから秋にかけて繁殖、産卵をする。
厳しい冬の間は、土中や木の中で卵で過ごし、春から夏になると羽化し成虫となって活動する。

鳴き声は秋の産卵に向けてのオスの縄張り示威とメスへの求愛行動のようである。早い者勝ちというのもあるだろうから、やや涼しく感じられる一瞬の隙も逃さず泣いているのかもしれない。

人の社会もよく似たようなもので、盆踊りとか夏祭りは、忙しい収穫の前の農村社会における「無礼講」のようなもので、若者にとっては、大切な恋の季節ということになる。

人の世界は、恋の季節などとオブラートに包んだ麗しい呼び方をしているが、生き物にとっては、厳しい(遺伝子の)生存競争である。

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*なんていう虫か知りませんが・・なんかかわいい

それは厳しい生存戦略だ

企業の事業戦略では、機先を制し、いち早く世の中に新しいサービスや物を提供することが、常に勝つために重要であるとは限らない。
まだ元気のあった頃のソニーは、現在アップルがi-podで作り上げたようなネットによる音楽配信モデルを、アップルに先駆けてウオークマンを使って可能にしていたし、アイボという犬型ロボットをいち早く社会に投入したりした。常に一歩先の技術開発を行い注目を集めていた。

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しかし、時期尚早であったのか、事業戦略がうまくなかったのか、いずれの事業も大きな成功を収めることができなかった(アイボの事業は売却されている)

患者さんが、自らふさわしい医療機関を選択できるようにーOasisの願い

当院でも、透析患者さんが自らのライフスタイルにあわせて、もっとも望ましいと思われる透析施設やサービスを自分で選択できるよう、早くからインターネットを通じてオープンな情報提供をおこなってきたが、その効果が現れるまでには一定の期間を必要とした。

さて、早鳴きのコオロギたちは、首尾よく子孫を残すことに成功するのであろうか?

はて、早鳴きのコオロギたちは、その早鳴き戦略によって子孫を残すことに成功した物たちの子孫なのかもしれない。

しかし、それもいつも成功するとは限らない(かもしれない)

早鳴き行動は、遺伝特性として彼らの遺伝子に刻まれているのであろうか?

秋よ来い!

昼間は相変わらず蝉の声、夜は虫の声と、ここしばらくは一日中賑やかな日々が続くのであろう。

何れにしても、早く虫の音がふさわしい季節になってほしいものだ。

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そうか、みんなミラーマンだったんだ!

診療録の電子化三原則

当透析クリニックでは、電子カルテを導入し、レントゲンの画像情報も電子化している。

カルテを電子化する時の要件は、難しい表現であるが
1 真正性
2 見読性
3 保存性
が確保されていること、とされている。

真正性とは、容易に改竄(かいざん)できないことである。

従来の紙のカルテも、修正液や消しゴムはいけない。筆跡が書いた主の証なら代筆もいけないはずである。

電子カルテでは、他の人の知らないはずのパスワードを使って本人がログインして、入力し、確定後は修正できない仕組みになっている。したがってログインパスワードの管理がキーになる。

見読性は、判読できること。

実は紙カルテの見読性はかなり怪しいようだ。多忙な医師は急いで走り書きをする。仙人も自分の書いた文字が読めないことは日常茶飯事時だ。中には英語、ドイツ語などを駆使して走り書きをする医師もいて、そのカルテに書かれた指示を見て看護行為をする看護師は大変である。カルテに書かれていることが見読できればその病棟では一人前になったなどと訳の分からぬことも以前はあったような。

保存性は、消失しないこと。

紙のカルテだって火災にあったり、誰かが借りて返し忘れれば保存性はおぼつかない。電子化では、サーバーの二重化、ミラーリングの技術が必須とされた。最近では、さらに災害時に備えて、地震の少ない地域にクラウドサーバを設置することもあるようだ。岡山県が比較的地震がすくなく、クラウドサーバの設置場所として選ばれている。

電子カルテが普及する前は、このように、変化に抵抗する勢力が、難癖をつけて電子化に反対したが、紙カルテにしても三原則を満たしているかどうかはかなり怪しい、ケースもありそうだ。三原則を100%満たすことは困難だが一定の条件をクリアすることが必要をされている。

ミラーニューロンとミラーマン

ちょっと難しい導入となったが、本日はミラーリングの話である。とは言ってもコンピュータ技術とは違って、人の脳の中にミラーニューロンと呼ばれる神経があるそうな・・ということである。そう、みんなミラーマンなんですよ。
と言われても、ミラーマンなるウルトラヒーローを知る人は少ないか。
半世紀も前のころにウルトラマンの後継としてちょっとだけ登場したウルトラヒーローである。

ミラーマン

カエルの子はカエル

このミラーニューロンは、脳科学の実験から明らかになったもので、人が他人の真似をする時に活性化するのでこのように名付けられた。考えてみれば、子供はなんでも大人の真似をすることで成長していく。言葉はまさにそうだ。

0歳児は、何にでもなれる、何語でも操れる高い可能性を持っているスーパーマンだが、可能性の芽をつみながら、大人の真似をし、生まれ落ちた環境に適応しているのだ。
遺伝子を受けつぎ、親の真似をして成長すれば、親に似るのはやむを得ない。この子だけは自分のようになって欲しくないという願いは、概ね叶えられないということか。

成人まで親元で暮らすようになった現代では特に難しいかもしれない。

ちゃっかりしているミラーニューロン

さて、このミラーニューロンは、目の前で、近しい人が喜んでいる時にも、激しく活性化しているというのである。喜びを分かち合うことで、人との関係性はより親密になる。
では、悲しみ、苦しみはどうであろうか。
実験によると(恐ろしいことになんでも実験済みである)、悲しみや苦しみに対しては、喜びに対するほどは、ミラーニューロンの活性化が見られないということだ。

困難に首をつっこむことになるのは難儀だし、そもそも自分も悲しくなるのは割に合わないので、そういうことは避けたいという本能なのであろう。経済合理性にかなっている。
遺伝学者の手にかかればなんでも、遺伝子の自然選択によるものとなってしまう。

医療スタッフはウルトラ・ミラーマン

患者さんは、当然のことながら身体的な痛み、苦しみを抱え、精神的にも苦しく、辛い気持ちを持っている。多くの人はそのことを避けて通りたいのだが、医療職者は、そのことを察し、共感できなければいけない。

人一倍、ミラーニューロンを発達させ、優れたミラーマン・ミラーウーマンでありたいものだ。

「人イヌにあう」ならぬ「ひとイスにあう」

人イヌにあう

「人イヌにあう」は動物学の碩学、コンラッド・ローレンツの著作である。

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犬好きの貴兄には、ぜひお勧めしたい1冊である。学生の頃読んだもので内容についてはほどんど記憶にないが、とても面白ったことは記憶している。全くええ加減な推挙である。

犬は人生の良き友とはよく言われる。
我が家にも愛犬がいる。もう15・6歳なので老犬である。
最近では耳も遠くなり、呼んでもやってこない。
残念ながら犬の寿命は人の10分の一ほどである。
物語になるような賢い名犬でもない、ただの雑種であるが、その間抜けな行動に家族が一喜一憂する。雨や雷が嫌いである。

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*横向きになってしまったが、ゴロゴロ言い出して中に入れろという催促である

嫁さんは、最近、腹に据えかねることがあると、この犬に不満をぶちまけ、同意を求め溜飲を下げている。犬もこの後にはおやつがもらえるのでおとなしく聞いている。
家庭の平和にも不可欠な存在となっている。

「シエ」

浅田次郎の短編に「シエ(けものへんに解と書いていた)」という作品がある。
愛犬家のようであるが、犬ではない、ペットショップで勧められた奇妙な動物の話。
どんなペットフードも食べないがちゃんと生きている。飼い主は失恋をしたり、なかなか幸せを感じられないでいる。そう、飼い主の不幸を、涙を食べて生きているのである。
シエは心の中でつぶやいている「不幸の分だけちゃんと幸せになれるよ、ほんとだよ・・」と
そして、飼い主がしあわせになって、シエも死んでいくのである。

雑種の言い分

これから犬を飼おうという人には、是非雑種を勧めたい。
何世紀か忘れたが、オランダでチューリップが投機の対象となり、人々は珍しいチューリップに群がり、育種が盛んになり黒いチューリップが作られた。
犬も同じで、人が育種によって作ってきたものだ。珍しい犬、特殊な技能を持った犬、血統書付きの犬はそれだけ近親相姦の状態になっており、遺伝的に不健全で、精神疾患や持病を持っていることが多いということだ。雑種は幾分そのリスクは低く、しかも全くのユニークな存在ではないか。

人イスにあう

前置きが長くなったが、
今日は、犬ではなくイスの話である。(全く関係ないか)

仙人は、若い時から腰痛に悩まされ、30年ちかくこの椅子を愛用してきた。

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確かに腰痛には良い。優れものであるのだが、くつろぐという感じではない。

オフィスワーカーは、少なくとも1日8時間は同じ椅子に座っていることになるが、行動の不自由さからいうと、透析患者さんはもっと大変である。
入院経験からわかったことだが、病院のベッドはなかなか厳しい環境だ。長時間寝たきりにさせられると褥瘡ができることは容易に想像できる。
そのため、当院では可能な限り快適な椅子をということで、低反発素材を使用したフルフラットのリクライニングチェアを用意している。

快適さとプライバシーの確保を兼ねて、旅客機のファーストクラスに使われているフルフラットシートを活用したいと考え、メーカーの調査をしたこともあるが、1客1000万円近くするとのこと(他の業種には売りたくないということかもしれないが)で、さすがにこれは断念した。

東京ステーションギャラリーでイスにあう

東京で出会ったお気に入りの椅子は、東京ステーションギャラリーにある。
3階から作品を鑑賞し、煉瓦造りの回廊を螺旋階段を降りて2階へ、そして最後のビデオギャラリー兼休憩室に置かれている2客の木製の椅子。

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やや低い、大きめの座面と広がりのある肘掛、背もたれもちょうど良い位置にフィットする。
歩き疲れて腰を下ろすと、全身の力が抜けてゆったりとした気持ちになる。
シンプルでおおらかな椅子である。

スパイダーマン現るあらわる!

恐るべしお釈迦様

仏教といえばお釈迦様、情け深い仏様
実は仙人も、道教には登場するのであるが・・
なんか仙人の方が杖やキントーンなどのツールがあって、なんでもできそうだが、お釈迦様は、たなごごろを広げて、薄笑いを(これは失礼)、いや高貴で慈悲深い微笑みをたたえているだけで
、そう、微笑みを浮かべ、座しているだけで、数多の人の心を捉え、時には、煩悩まで捨てさせるというから恐ろしいものだ。

芥川の蜘蛛の糸

田端文士村の住人であった、芥川龍之介の短編「蜘蛛の糸」は皆さんもご存知であろう。

お釈迦さんが、極楽から地獄を眺めていて、
かつて、踏みつぶそうと思った蜘蛛を、命あるものだからといって助けてやった男を、慈悲深く、助けてやろうとする話である。
この男は、天上から降りてきた金色の蜘蛛の糸を手に、上に上に昇り地獄から逃げ出そうとする。しかし、下をみると多くの罪人たちが、自分の後に続いてくる。この男は「こらっ!この蜘蛛の糸は俺のものだ」と言って彼らを蹴落とすのである。
途端に蜘蛛の糸が切れ、もろとも地獄へ落ちていく。
なんとも象徴的な物語である。

小学校では、道徳の教科書に掲載されていたような記憶があるが

運命のいたづら
諸行無常
人の愚かさ
世の摂理(お釈迦さん?)は本当に慈悲深いのか、つれないのか

おそらく小学生では、考えられない、様々な要素が詰まった物語である。

この、人がたくさん捕まっても切れない「蜘蛛の糸」、皆さんには、映画スパイダーマンの操る糸の方が身近であろう。

この、強力な蜘蛛の糸を工業的に生産することが可能になったということだ。

スパイパーの技術でスパイダーマンが現実に

ー以下日経電子版より抜粋編集ー
開発したのは、山形県にあるベンチャー企業『スパイパー』である。
同社が開発した新素材「QMONOS(クモノス)」はクモ糸に近い弾力性や軽さ、切れにくさを兼ね備え、工業用途での活用が期待されている。ちぎれにくさでは防弾チョッキに使われるアラミド繊維や、飛行機の機体に使われる炭素繊維をしのぐという。

スパイバーが突き詰めたのは「遺伝子工学的アプローチでクモの糸をつくる」手法。
遺伝子組み換え微生物を使って大量生産する技術を確立した。

自然界のクモが吐き出す糸は、たんぱく質からなる。一口にクモ糸といってもクモの種類によっても様々なうえ、1匹のクモも縦糸や横糸、けん引用の糸など複数の種類を使い分けるという。それぞれの物性は20種類のアミノ酸の配列で決まる。その組み合わせは実に20の3000乗ほど。同社は天然のクモ糸の構成に近いアミノ酸の配列をデザインし、それを作り出す遺伝子を微生物に組み込んで培養・発酵させ、目的のたんぱく質を大量につくる。精製して粉末状にした原料を紡糸し、繊維状に加工する。ー

というのである。スパイパーの他にも、蜘蛛の遺伝子を蚕に組み込んで糸を吐き出させる技術も確立されているようである。
日経では、ここまでに至る過程とベンチャー経営、未来の産業的な可能性について語られている。
現在、世界の素材・特に繊維素材の雄は、東レ、帝人など日本の繊維メーカーである。
最新の航空機のボディに利用されている炭素繊維や透析に使用されている膜素材もこれらのメーカーのものであり、大きな世界シェアを誇っている。

やはり恐るべしは蜘蛛!

さて、より合わすと強靭な蜘蛛の糸であるが、日常、山道で蜘蛛に出会ってもその強靭さを感じることはない。顔面で蜘蛛の巣をかぶり、閉口することも多々あるが、蜘蛛の巣は脆くも破壊され、蜘蛛はそそくさと逃げ去る。(私は極楽へは昇れない)
もしも、蜘蛛の巣が、糸をより上げて作られ強靭なものであれば、低山帯の山歩きは危険であり、蜘蛛の大掃除が始まるかもしれない。また、鳥などが巣にひっかかってしまえば、蜘蛛にとっても脅威であろう。自然界の中の住人として生存のためには適度な壊れやすさも重要ということか。

一つの機能、特性を極めるのは、科学的には可能であっても、複雑な環境のなかで適応させるのは難しい。

蜘蛛の糸、いや、蜘蛛恐るべしである。

仙人の入院記 3の巻

手術台にのせられて、両手に華の夢ごごちで眠りについたところまではよかったが・・

夢なら覚めないでほしいものだが、現実はそんなに甘くはない

そもそも手術なのだから当たり前である。

どうやら意識が戻ってきたようで、腹部に鈍痛を感じる。何時間眠っているのだろうか、あたりはスッポリと闇に包まれている。もう夜のようだ。
おそらく長時間寝返りもうたず同じ姿勢で寝続けていたせいであろう、体が鉄の塊のように固まっている。腰がベッドにめり込んでいるようで、こちらも鈍痛がする。

呻き声をあげるほどではないが不快である。
しばらくすると、夜勤の看護師が見回りにきた。
どうやら、知らぬまに酸素吸入器や心電計、血栓防止用のストッキングなどを装着していたようで、それらを外していく。血栓防止用のストッキングは、電気仕掛けで空気を送り込んで足を圧迫、弛緩するようになっているらしい。

介助をしてもらいながら、固まった体をまげやっとベッドの上に起き上がる。
腹腔鏡は侵襲の少ない手術とはいえ、ブズッ、ブズッ、ブズッ、とお腹に3つの穴を開けているので、さすがに傷口が痛む。点滴台を転がしてトイレにいくのだが、痛みのため背中を丸め、のそりのそりと恐る恐る歩を進める。なんともはや情けない格好であるが、いたしかたない。

なんとか用を足してベッドに横たわり、再び色々な器具を装着する。
十分に寝た上にお腹と腰が痛むので、ウトウトとするのが関の山だ。お腹の痛みは我慢できるが腰の鈍痛はなかなか厳しい。

 

金属製の窓格子で切り取られた空が白んでくる。
夜が明けるようである。

自由に身動きできないベッドのうえで、膝を立てたり、お腹を気にしながら体位ををかえていると、看護師さんがやってきた。今日の担当看護師は男性である。背はそれほど高くはないが、体育会系風のがっしりした体格で、言葉もはっきりとし動作もテキパキとしている。
この看護師さん、隣の爺さんにどう適応するのか、面白がって聞いていると・・

相手に抵抗する隙を与えないスピードで、・・しますよ。といって行動に移していく。
爺さんは反抗することもできず、やけに従順である。
時に反抗を試みるが、聞き入れる風でも、やり込める風でもなく、取り合わず、どんどんことを勧めていくのである。

看護師は、ものがなんだったか忘れたが、爺さんが食べ物(果物だったか)を隠しもっているのを発見して、「こんなところに隠していたらダメじゃないですか、腐りかけていますよ」といって取り上げてしまう。
これにも反抗できず、従順である。
こういうタイプに弱いらしい

前回登場の宇宙人のような新人看護師は、長続きするだろうか、どのように成長するだろうか?

 

 

主治医の回診である。
手術の状況説明をうけて、特に問題はないとのこと。やれやれである。
退院はいつにされますか?と聞かれ、即座に本日と答える。
とにかくこの狭いベッドのうえで、身動きが取れない上に、腰痛と戦うのは勘弁してほしい。
もう一泊する人が多いようであるが、特に積極的な治療があるわけでもなく、なんとなく不安というだけで、病院にいる理由は見当たらない。

主治医も笑顔で、わかりました、とこたえ、さらに退院後の注意事項などを説明してくれる。
非常に好感が持てる。

 

昼食を済ませ、退院である。
スタッフステーションに声をかけ、会計へ・・
ところが、土曜日でお昼を過ぎてしまったため、会計ができないとのこと。
お支払いは、次の外来の時にということ、このまま来なかったら、未収金になるがどうするんだろうと心配になるが、知ったこっちゃない。

タクシーを呼んで、やっと我が家(とはいえ仮住まいであるが)へ帰ってくる。

 

まずは音楽をかけ、コーヒーを淹れる。
ほっとする。
そして布団を敷いて横になる。
狭い部屋ではあるが、なんといっても伸びのびと横になれるところがよい。

透析患者さんの過ごす4時間、5時間、我が家にいるようにとはいかないが、アメニティはよくしなくてはいけないとつくづく実感したものであった。

たったの3日であるが、仙人の入院記もこれにておしまいである。

次からはまた、徒然なるままに

仙人の入院記 いざ手術の巻

いよいよ手術当日の朝

朝から、絶食を命じられている。それだけで寂しい気持ちになる。

人は生きるために食べるのか?食べるために生きるのか???

などとくだらぬことを考えている間に、なんとなく慌ただしい雰囲気になる。

看護師が検温に回ったり、配膳をしたり・・

しかし、わたしのところに配膳はない・・・

やってきました新人看護師さん

そうこうしているうちに、私のところへも看護師がやってくる。

新人である。ベッド周りに術後のモニタのセッティングを済まして、点滴のようである。

眉根を寄せて難しそうな顔をし、私のだした手を、まるで親も仇ででもあるかのようにピシピシ叩く、かなり赤くなってきたが、それでも容赦はしない。

血管を浮きだたそうとしているらしい。やっと諦めて注射器を手にする。やれやれ

あいかわらず眉根をよせているが、一息ついて、「少しちくっとしますよ」と声をかけて、針を刺す。

そして立て続けに「注射液はもれていませんか?」と聞くのである。

うん?

なんとも答えようがないので「注射液が漏れるとどうなりますか?」と聞くと

「激痛がはしり、腫れてきます」と口早に答える。

おっとそれはたまらん。

・・・それで、気がついたのか・・・

「大丈夫ですね」と自分で納得し、針を固定する。

いやいや、全く・・事なきを得てよかった。激痛はやめてほしいものだ。

この新人看護師殿、その足で隣のベッドへ

隣のわがまま爺さん

隣のベッドの住人は、見ていると(聞いていると)なかなかのわがまま爺さんだ

これまでも、リハビリをさせようと若い療法士が取っ替え引っ替えやってくるが、ほっといてくれと取り合わず、スゴスゴと追い返されている。

爺

さてどうなることやら・・・楽しみである。

やはり同じように「ほっといてくれ」と捨て台詞

しかしこの新人看護師殿は負けていない。

「・・をしないとダメですよ」と対抗している。

爺さんも負けておらず

「・・バカヤロー」ときた

「バカヤローですか・・バカヤローは・・さんの方です」

と今度は新人看護師殿が捨て台詞を残して、プンプンと立ち去っていった。

おお!この新人看護師殿、なかなか将来が楽しみだ。

ナース

そもそもこの爺さん、なんで入院しているのだろう?腰痛はあるようだし、血圧、血糖値は高いようであるが、高齢者は普通そういうものだ。いわゆる社会的入院か?寝たきりでもなく口も達者で、少しの介助があれば十分自立した生活ができそうであるが・・

さて、こちらも手術当日ともなれば、さすがに慌ただしい。

担当看護師がチェックにやってっくる。

麻酔科医が術前診療にやってくる。

そして、手術担当看護師が術前訪問にやってくる。

説明と質問、そしてサインの繰り返しである。

質問も、何か薬は飲んでいないかなどほとんど同じである。

女子アナ風看護師さん

特に記憶に残っているのが手術担当看護師だ。

まるで経済ニュースに出てくる女子アナのような、きりりとした美しい顔立ちで

・・どんな女子アナが世の中に存在するのかは実はよく知らないのだが・・

しかも、その説明ときたら、立板に水とはこのことを言うのだろう。つっかえることも、考える風もなく、そのままITアプリで文章化しても、ちゃんとした文章になっているのではないかと思われるほどスラスラと説明をしてのけた。

うーむできる、素晴らしい、何より先日の担当看護師を凌ぐ美人である。

しかし、何を説明されたのか、その内容についてはほとんど記憶にない。

見とれていたのか?

あまりスラスラとやられると受け止める方には印象が残らないのらしい。

最近なくなったイラストレータの安西水丸のヘタウマの作品が多くのベストセラーのカバーとなっているが、愛嬌があってとてもよかった。そういうことなのであろう。

安西

いや〜、いいね安西さんの絵は、もう一つ行きましょう。

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さて、いよいよ手術台である。

幸せな眠り

術前は全くの健常者なので、点滴台を転がしてトボトボと歩いて手術室へ

手術室はひと部屋である。しかし以外と清潔で、設備も普通に整っている。少し安心した。

手術部位感染症のリスクが特に高いと言ったことはなさそうだ。

お、やってきました、女子アナ看護師さん。促され手術台の上に横になる。

無影灯

もう一人の前立ちの看護師もなかなかの美人である。周りは当然慌ただしい雰囲気に包まれているが、当の本人はなかなかに幸せなき気分に浸っていると

すかさず、麻酔器をかぶされ、2人の美人を眺めながら幸せな眠りに落ちていく・・・・

続きは次回へ

仙人の入院記(その1)「俺の空」

さすがに不安な入院

1回の外来受診で、すべての検査を終わらせ、診断をつけ、10日後の入院・手術日を決定するというスピード裁定となったが、仙人も修行が足りぬのか、往生際が悪いのか、いかんせんあの建屋である、入院となり数日間そこで過ごすとなると、そう簡単にあばたもえくぼとはいかないもので、一抹の不安が頭をもたげている。

しかし、月日は勝手に過ぎていき、瞬く間に入院当日となる。

潔く病院へ。

そういえば、退院予定日なども聞かされていない。

多くの病院では、入院前にクリニカルパスと言って、入院期間中、いつどのような治療やケアを実施し、特に突発的な問題が起きなかった場合の退院予定や治療に要する費用、自己負担額などの、疾患別の予定表を提示するようになっている。このクリニカルバスなるものの提示が、遅くとも入院時にあるかないかが病院のレベルの試金石の一つになる。

などなど・・考えながら、病院の受付に向かい、入院予定の旨伝える。

パス

狭くて古いがなんとなく憎めない、このレトロ感

ほとんど待つこともなく、がっちりとした体育会系風(失礼女性である)の看護師さんがやってきて、病棟へ案内してくれる。ノートpcなどをいれた重い私のリュックをさっと取り上げ、先に進む。「重いので持ちますよ」と声をかけるが、頓着せずどんどん前に進む。

エレベータで2階の病室に案内される。担当看護師がくるまで、お待ちくださいとのこと。

所在無くベッドに腰掛け、部屋の様子を眺める。

まずベッドの数を数えてみる。6人部屋であるが、部屋の形が少々変形で、5人が足を窓に向けて並び、一人のベッドは窓際で横付けされている。以前、サイクルリング中に転倒・骨折し、救急搬送され手術を受けた病院の病室が、10人部屋であったので(これには流石の仙人も驚き参った)それに比べれば、なんとかなりそうである。

病室

*当該病院の病室ではありません。

ボーツとしていると、意識をしなくても部屋の中の様々な情報が目に止まる。かべのひび割れ、天井の一部に開いた穴、雨漏りの痕跡か黒いシミがある。

部屋には大きな出窓があり、窓枠は鉄製の格子cp0054である。レトロ感があって、先ほどの黒いシミとどことなくマッチし、不思議なもので許せる気持ちになってくる(諦念かもしれないが)。

そういえば、フランスのパリでは、ナポレオンの時代(それくらい古い)の建物が、外観はそのままで病院として利用されている。

今日は冬型の気圧配置で、外の風は冷たいが空は良く晴れている。格子状の窓枠に切り取られた空が、開放感があってとてもよい。

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美人看護師にニンマリ

そこへ、息を弾ませ急ぎ足で担当看護師がやってきた。挨拶、自己紹介をする。やや息を弾ませているが、テキパキとした感じで、安心感がある。

中々の美人である。思わず頬が緩む。(ニンマリ)

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一連の入院説明があり、5枚くらい書類に署名をもとめられる。

そして

やっと出てきました。クリニカルパスです。

なぜか、退院日が記載されていない。ずーっと入院になっている??

通常この手術の入院期間は日帰りを除けば3~5日である。思わず、「退院はいつになりますか」と問いかけると「何も問題がなければ、手術の翌日から退院できますよ(3日入院)。2~3日入院される方が多いですが、それは医師と相談してください」

とのこと。

手術の翌日は土曜である。通常、病院経営上、土曜日の退院は好ましくない。また、あまり入院期間が長くなることも好ましくない。病院によっては、土日は医師の診察がないので、とか、検査結果が出ないのでなどと理由をつけて、土曜日には退院しないように仕向けるところもあるが、病状に問題がなければ、ある程度は患者の選択に任せているようだ。

スタッフもなんとなくおおらかでよい。

入院予定時刻(13:00)に間に合うようあわてて病院にやってきたのに、入院説明だけで、本日の予定は終了である。

それでも大切な「俺の空」

看護師は、プライバシーを気にしてか、ベッド周りのカーテンを閉めて立ち去ってしまった。

しかし、これはいけない。なんという閉塞感。

あわてて、カーテンを開ける。やはり空が必要なのだ。

いつも頭上ある空、逃げも隠れもしない(隠れることはよくあるか)空、普段はあまり意識もしない空、空(くう)とも読む空であるが、やはり必要なんですね、空が。

透析クリニックの大きな窓

田端駅前クリニックでは、待合ホールには大きな窓があって、窓際に長いテーブルを設置している。

西向きであり、夕刻は茜色の空が見える。患者さんは、そのテーブルで透析前の食事をされたり、しばし外を眺めて過ごしていらっしゃるようである。

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*写真は田端の空ではありませんが・・

今度、JR新橋駅の近くに新しくオープンする透析クリニックでも、待合ホールは大きな窓と開放感のある眺めを大切にしたデザインとした。

よかった、その空の大切さに気付かされた入院初日であった。

仙人 病院へゆく

ハムレットの心境だ

とはいへ、前回コメントした手術のために探索した病院の外来にかかるだけなので大層なことではないか。

田端からマウンテンバイクを駆って、紆余曲折して迷いながら約30分で到着。

想像していた以上にコテコテ(関西弁?剣道の技ではありません)の下町・下駄ばき病院。

病院の状況は、ホームページや外来に、◯年◯月移転新築とのアナウンスがされていることから容易に想像できるが、期待以上のものだ。

これでは、病室や手術室はどんな状況であろうかと想像すると、思わず躊躇してしまう。引き返すなら今だ・・、だがそこは、アドベンチャー精神で踏みとどまり、受付へ!

コテコテの下駄履き病院

当然のことながら世間のIT化の流れなどはどこ吹く風、事務職員が忙しそうにカルテや会計表の受け渡しをしていた。どうしたものかと、突っ立って様子を眺めていても、誰も気にする様子はなく、諦めて、こちらから声をかけて問い合わせる。

リハビリやインフルエンザの予防接種を希望されるお年寄りが多いようだ。

事務の方に案内されて、外科外来へ。とはいえ、診察室の前の狭い廊下に椅子が置いてあるだけで待合スペースはない。

椅子に座って待っていると、看護師さんの大きな声が聞こえる。そう、高齢の患者さんにお薬のの説明をしているのだけれど、全く要領を得ないのである。大きな声で、ゆっくり、3回くらい説明をしているのだが、患者さんは「はぁー?」とうわのそらの様子である。

看護師さんも大変だ。忍耐とパワーである。が、報われているのか?ほんとうにこれでよいのか?

と疑問に思うのである。

看護師不足の中、人海戦術ではなく、制度的にも、運営的にも何か他の方法があるような・・・、

待合の廊下のすぐ隣が救急外来になっており、医師や看護師、時にはストレッチャーに乗せられた患者さんが前を通り過ぎるが、重症患者さんはいないので緊迫感はない。救急外来の扉は開けはたれており、病院の中も、下町長屋の風情である。

実は多くの病院はこんな感じであるが、なんとなくこれがあたりまえと思っている風でもある。

さすがは専門特化?

てなことに思いを巡らしていると、程なく名前を呼ばれ診察室へ。思っていたより待ち時間は短い。

医師からは丁寧に自己紹介をされ、こちらも症状を説明する。

ここから後はトントン拍子である。

すべての検査がパッケージ化されており、心電図、レントゲン、CT、採血とすべての検査を終え、再度診察を受け、確定診断、手術日を決定するまで1時間もかかっていない。看護師の説明も要領を得ており、ここは、さすが専門特化というべきか。

狭い病院も悪くはない

大病院は、患者さんも多いので当然なのかもしれないが、広い外来ホールがあって立派に見えるが、お年寄りにはホールを渡りきって目的地にたどり着くのも大変だ。仙人も数年に一度はぎっくり腰になって近所の整形外科医院にお世話になるが、そういう状態での移動はほんとうに大変である。

この病院は、玄関、受付、診察室、検査室などがそれぞれ目と鼻の先の位置にあり、移動距離が短く助かる。長居をしない前提であれば狭い病院も悪くはない、かも・・・

何より、専門特化とパッケージ化で、初診で躊躇なく即日に入院日・手術日が決まるのはありがたい。また、手術日も週末近くで希望通り、翌週から仕事ができる(手術がうまくいけばの話だが)。

最初は受診をためらいはしたものの、気をとりなおして、入院することにする。

看護師さんご苦労様、でも・・

どこの病院でもそうだが、看護師さんは走り回っていて大変だ。種々雑多な仕事は引き受けてはさばいている。なんとか工夫はないものか、走り回っていて工夫どころではないというのが実態か。

また、一人暮らしのお年寄りが多くなれば、病院の受診は大変だし、きちんと服薬できなければ本当に効果があるものかも疑問である。制度的に病院ではなく、かかりつけ医やかかりつけ薬局など在宅での医療やケアをすすめているもの理解できる。

慢性透析医療では

さて、慢性透析医療は専門特化、パッケージ化に適した医療で、前回紹介したカナダの病院のように、特定の領域に絞って技術とサービスを磨くことで効率的で質の高いサービスの提供が可能ではないかと思われる。

当院では、患者さんにとって気持ちの良い、また効果性の高い医療サービスを目指して努力をしているが、まだまだ、これが当たり前で、しょうがないと思っているところがないか、もっとブラッシュアップできるところがないか、常に検証し、改善を続ける必要があるのだろう。

仙人の病院選びの巻

仙人も寄る年波には勝てず(年寄りだから仙人だから当たり前か・・ン?いやまてよ・・年寄は仙人の必要条件であろうか?・・おっと仙人論はまた次の機会にしよう)、昨年末には入院する羽目に。

がんなどの悪性疾患とは違って、標準的な手術をすれば完治する良性疾患であり、2泊3日の短期入院である。

これはその時の記録である。

エクセレントなカナダの専門病院

まずは医療機関を探すところから

実は、その治療では世界的に有名な専門病院がカナダにある。またその病院は「*選択と集中」を実現し成功している事例として経営学の領域でも世界的に有名で、アメリカのハーバード大学の経営大学院の発行するハーバードビジネスレビューでもレポートされている。

その病院のホームページへ

えっ  これが病院ですか? まるで、貴族の屋敷のよう

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日本でもメディカルツーリズムばやりで、官民一体で旅行を兼ねた海外の患者の獲得に力を入れ始めている。

カナダへ一飛び・・ときたいところであるが・・・

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さすがに雲トーンを駆使し、偏西風にのってもカナダまでは簡単には飛べない。そもそも冬の太平洋は寒そうだし

良性疾患なので、待たされる、いったんかかりつけ医を受診して紹介状をもらうなどと面倒くさい大病院は避け、カナダの病院とまではいかなくても、その領域に特化して力を入れていそうな、中小の専門病院と思われる医療機関を探すことにする。

「安(日本は医療保険で大きな差はないと思うが)・近・うま」狙いである。

病院にかかるのも大変

日本の医療政策では、大病院はがんや心疾患、脳卒中などの重篤な患者を治療するところとされており、通常、患者はいったんかかりつけ医を受診して、大病院を受診する必要性の有無の判断をしてもらうことが推奨されている。

もちろん、紹介状がなくても受診し、治療を受けることは可能だが、特別の費用(実は、かかりつけ医を受診してもやはり同等の費用がかかる)が必要になり、また、長時間待たされることになる。これにはうんざりである。

  • ここでチョット諸外国の医療制度に脱線するが

医療資源は限られているのでやむをえない。みんなが大病院に集中すれば、重篤な患者の治療も困難になる。合理的な制度ではある。

イギリスはノンビリ

イギリスのように極端なケースでは、医療費は100%税で賄われ病院は国営である。大病院の受診には家庭医の受診が必須で、しかも、大病院で手術を受けようとしても、病院はのんびりしているので1年くらい待たされる場合もある。そうな・・

経済的に余裕のある人は、海外(インドや東南アジア)で治療を受ける、優秀な医師が海外に流出するなどという問題も起きているようである。

アメリカは医療費が高く、そう簡単に病院に行けない。

中国は人口が多く、とても安易に病院にかかれそうにない。ハルピンでさえ人口4千万人で東京都の4倍である。

最適化された・・地獄の沙汰も金次第?

シンガポールやタイは、これらの先進国の状況を学びつつ制度を整備しているようで、一般庶民は比較的低額で最低限の医療が受けられる。入院する病室は大部屋になるが、日本の小さな民間病院の6人部屋に比べるとずっとゆったりしていて明るく快適そうである。一方富裕層は、民間の医療保険などを活用し、負担に見合ったグレードを選択できる。

タイのある病院などはアラブの王族、世界の富裕層を積極的にう治療し、そこで得た利益を医療スタッフの教育に活用し、国の医療レベルのUPに貢献しようとしているようである。

シンガポールでは、東京でいえば銀座の真ん中にあたる高級ブランドがはいるファッションビルに、多くの専門クリニックが入居し、高額な賃料を負担しながらも患者獲得にしのぎを削っている。画像診断専門のクリニックもある。

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民間病院の著名な医師は、どこかの王族から大枚を受領したのに、自ら執刀しなかったということで訴えられれていた。

一般庶民が受ける公的医療と、富裕層を対象にした市場原理にもとづくサービスが適度にミックスされているようだ。

すべてを満たすことはできないので何を優先して、何をあきらめるか・・ということになる。

エイヤの病院選び

飲食店の評価も行ってみなければわからないが、医療機関の「うま」は外部からはなかなかわからない。客観的な情報は症例数・実績、スタッフ数などである。こういう情報がオープンになっていることも大切だ。また、厚生労働省のホームページでも症例数などは公表されている。

あとは、施設の状況、ホームページなどから伝わってくる印象、口コミなどに頼らざるを得ない。実際に患者になってみると医療機関の選択もなかなか大変である。

ということで、とりあえず、お江戸はバリバリの下町にあるA病院にたどり着く。仙人のカンピュータである。

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長くなりそうなので、A病院でのことは次回以降にゆずるとして

 大切な患者さんへの情報提供

透析患者さんもネットを活用し、自ら医療機関を選択するようになってきた。患者になってみると病院選びも大変で、適切な情報が少ないことがよく分かる。当院も透析患者さんの立場になって、必要とされる情報を、わかりやすく提供していかなければならない。

*選択と集中

企業経営、経営戦略に関して用いられる。特定のことに絞って(他のことは捨てて)、人・モノ・金といった経営資源を集中し、専門特化させ、そこでは他の企業の追随を許さないようにすること。

年末のクリニックで起きた出来事ー後編

上から下に押さえる意味とは?

 

看護師に突然言われ、なんのことかわかりませんでしたが、

次第にわかってきました。

想像すると針を留置したまま採血管を替える作業の事のようです。

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「針をさしたまま、管を替えるじゃない、替えるときにどうしても針が動くので患者さん痛いのよ。

私それが心配なのよ。まあ私が新しいものについていけない、ということもあるけどね。」

私は、何となくいたたまれなくなり、(少々哀れにも思い)

「そっ、そうですよね。新しいことがすべていい訳じゃありませんよね。」

「そう、あなたもそう思うの♡」

「そりゃそうですよ。」

そして採血が終わりました。

 

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「はい、上から下に腕を軽く押さえてください」

と穿刺部位に絆創膏をはりながら

「上から下にですからね。決して下から上に押さえてはいけません。

わかりましたか?上から下方向に向けて軽く押さえるんですよ。

何故かと言うと、血管を下から針を刺しているので、その逆の上から下に抑えると

切れた部分がきちんと接着するの。

逆にやるとうまく接着しないので血液が止まりにくくなるのよ。

また、強く圧迫するのはダメね。

強く圧迫すると、血流がとまり血管の圧力が高まるので、圧迫を離した途端に

反動で血流が勢い良く流れだし塞いだ血管から出血しやるくなるの。

だから、これもだめね。」

なんだか余計なことばかり言っちゃったわね。

「いえ、そんなことありません。ありがとうございました」

それだけ言うと看護師は次の患者さんを呼びに行きました。

待合に行きながら「お大事に」と声がしました。

年配の看護師の話は少々くどかったものの、決して嫌な感じはせず、むしろ親近感を

感じたのでした。

普通であれば事務的に終わるところですが、採血一つとっても色々な知識や考え方

の上に成り立っている事は、聞いてみなければ判りません。

当たり前の事が当たり前じゃない

プロは当たり前と思っていることであっても、素人にとっては初耳。それを聞いた時は

新鮮な驚きがあり、決して悪い気はしません。

高い鰯と安い鰯の見分け方とは?

この見分け方分かりますか?

以前に、こんなことを聞いたことがあります。

ある魚屋さんでの出来事。台の上に様々な魚が並んでいるお馴染みの光景です。

 

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スーパーではありませんから、開いてトレイのにのりパックになっているのではなく

魚が一匹づつ並んでいます。

鰯が台の上にあり値段を見ると、一匹300円です。隣に一匹500円の鰯があります。

何で同じ時期の鰯なのに値段が倍程も違うのでしょう。

値段の高い商品を売る秘訣とは?

二匹を見比べても若干大小の差はあるようですが、倍も大きいわけではありません。

お客さんが魚屋の主人に聞きました。

「値段が倍ほど違うけど、大きさはあまり変わっていない。何が違うの?」

主人はぶっきらぼうに「あ、それはね、背中から見てごらん。魚の厚さがちがうだろ。

魚の厚さは、脂のノリ具合と関係しているんだよ。

背中の厚さが厚いものほど、脂が乗っていて美味しいんだよ」

お客「ふーん、そうなの」

しかし、その説明表示はどこにもなく、ただ値段が書いているだけです。

魚の厚さと脂のノリ具合に関して、漁業関係者にとっては当たり前の事でしょう。

しかし、素人の消費者にとっては全く知らないことです。

説明されれば、納得するものの、説明されなければ安いほうがお得感があり

安いものを買う人も多いのではないでしょうか。

ところが、魚屋さんは高い鰯も買ってほしいはずです。

きちんと説明すれば、お客さんは納得し、高い商品でも買う可能

性が高くなります。

この例のように、プロの説明が実は重要になります。

プロに説明されれば納得する事が多いからです。

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問題は、プロが常識と思っていることと素人のお客の知識には大

きな差があるという事です。

常識と思っていることを説明しなければ、素人のお客はわからな

いということなのです。

判りきっていることが実は判っていないという事実

プロは素人に話をするときに、プロであれば常識と思っているこ

とでも話をすることで素人が納得することも多いのです。

どうでしょうか? 説明って大事ですよね。

先ほどの注射の件も言われなければわからない、

言われれば「なるほど」

と納得します。

納得すると何が生まれるでしょうか?

実は何よりも相手の事を少し尊敬したり、親近感をもったりと

相手との距離が縮まって行きます。

そうです、信頼が生まれるきっかけになるのです。

透析医療現場でも、プロはちょっとしたことを説明するか?

しないか?の差は大きいということを忘れないようにしたいもの

です。