田端駅前クリニックスタッフのブログ

Category Archives: 透析医療とホスピタリティ

世界を翻弄するギリシャの悲劇と政治の喜劇

「ゆめてれ・ぽぽら」をヨロシク

透析患者さんは、週3回、計12時間以上を透析に費やしている。当院では、この時間を活用できることが患者さんにとって重要なことと考え、「ゆめてれ・ぽぽら」のサービスを無料で提供している。

TVやホテルなどで利用されているVOD(ビデオ・オン・デマンド)、インターネット検索、フェイスブックなどが利用できるタッチパネル式のテレビモニタで、地震を敏感に察知し、患者さんに冷静に対応するよう注意を促すシステムを兼ね備えている。
「ぽぽら」はより「ぽじてぃぶ」に、 より「ぽっぷ」に、 より「らくちん」に、という思いを込めて名付けられたが、イタリア語で「みんなの集まる広場」という意味もあるそうだ。

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時代劇ライムライト

さて最近では水戸黄門が終わるなど、TV番組から時代劇が消えつつある。大河ドラマやNHKのシリーズが細々と放映されているくらいか・・、こういう状況を元に制作された映画に「太秦ライムライト」がある。主人公は、いつもはセリフもほとんどない斬られ役の殺陣師である。活躍の場がなくなっていく映画・TVの世界に生きる昔気質の芸人の悲哀を描いている。

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この映画は、時代劇とは縁遠いハリウッドの映画学校で学んだ新進気鋭の若手日本人監督と、アメリカ人カメラマンが、時代劇の殿堂、太秦に乗り込んで撮影したものだ。

桜吹雪か 印籠か

この映画については、またの機会にするとして、時代劇によく登場するシーンを思い出して欲しい。
母一人子ひとりの貧乏な一家が貧乏長屋で暮らしている。母親の内職でなんとか暮らしていたが、病で伏せってしまった。そこへ、高利貸しが薬代のための借金の取り立てにやってくる。
この高利貸しは、ほかでも悪代官と結託してさらに暴利をむさぶっている。
最後は主人公が、この高利貸しを悪代官をカッコよくやっつける勧善懲悪劇である。

貧乏長屋のかわいそうな家族と時代劇のストーリーはあまり関係ないが、このシーンが高利貸しの悪人ぶりをより際立たせる。
そう、お金を借りて返さない方ではなく、貸した方が悪者なのだ。
こんなに困っていて、払いようがないのだから、金持ちの方が折れて大目に見てやれよというのが庶民感情だ。

同じように落語によく登場する場面を思い出してみよう。ノーテンキで怠け者、おまけに酒付きでお調子ものの店子が、すっとぼけて家賃を払わない。大家は何度も家賃を取り立てに来るのだが、ちっとも話がかみ合わない。ここでも大家は負けている。

ケチでも「貧乏長屋の花見」くらいのほうが愛嬌があってよい。

聴衆は貧乏な庶民の味方である。

ギリシャの丘に桜吹雪はにあわない

さて、ギリシャがユーロから離脱するかどうかを巡って、世界が(かどうかはわかりませんが、少なくとも日本では多くの特集や報道があった。)注目したギリシャの国民投票は、大方の予想に反して、緊縮財政を受け入れないというものだ。

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ギリシャ国民の意向は、ユーロは離脱したくないけれど、緊縮財政はまっぴらというもの。それはそうだけれど、それは都合が良すぎるだろう、と言いたいところ。

借金をしておいて、返さない。しかも自分たちの生活が悪くなるのはまっぴらで、やや怠け者に見える(あくまでも個人的な印象です。失礼)ギリシャ人はけしからんと思う人もいるのではないか?実は仙人もそのように思っていたのだが・・・

問題こそが商機の専門家たちの太刀周り

国民投票の前日には、TVの特集番組が組まれ、国際経済、ユーロ経済、ユーロの政治、ギリシャ現代史などの専門家が議論していた。いくら議論が白熱しても、結果は遠く離れたギリシャの国民に委ねられ、結果とはなんのかかわりもござんせんが
彼らの中に、単純にギリシャを避難するものはおらず、歴史的経緯や、それぞれの専門領域での現状分析を踏まえ、どうすればよいかという答えは見つからないにしろ、一定の借金棒引きをしてギリシャが立ち直れる道筋をさがすというのが大方の意見であった。

チプラス首相が、決定を国民投票に委ねたことに、日本では無責任政治と一部避難もあったが・・
直接民主主義発生の地、ギリシャでは当然のことで国民にとって違和感はあまりないという見解
安全保障関連法案を採決した日本の政治よりましか・・

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一定の借金棒引きは仕方がない。
ない袖は振れないし、苦境に追い込むと何をしでかすかわからないし、そもそも借金のかたに国を占領することはできない。第一次世界大戦後の過大な債務負担がドイツにおいてヒットラーの台頭を許したという経験から、第2次世界大戦の戦後処理について、日独伊の3国に対しては比較的寛大な措置が取られたという歴史的事実もある。
本来ならもっと早い段階で一定の借金棒引きがあっても良かったが、リーマンショック後の混乱で、欧州中央銀行にもそのような余裕がなかったというのが大方の認識で、何れにしても、ギリシャが立ち直るのを支援するしかないということのようである。

ユーロ問題は日本の課題の鏡

日本国内なら、自己財源で賄えない自治体には地方交付税が交付されるが、そういうわけにもいかない。

東京都は地方交付税を支給されたことがなく、都民はもっと文句をいってもよいと思うが・・・

話題になっている国立競技場のような巨大な国家プロジェクトが都の経済を潤すことは間違いない。その他、原子力発電所の立地市町村も交付税を必要としない財政状況のようだ。

政治が絡むお金の流れは複雑だ。

ギリシャの国民投票から2週間がたち、ユーロ各国はギリシャへの追加支援を、ギリシャは一定の緊縮財政制作を受け入れるという常識的な妥協点におちついた。

政治家たちの喜劇と太刀周り

お互いに、庶民から嫌われる役回りを巧みに避け、妥協点にたどりついた、職業政治家たちの見事な太刀周りだったのか・・

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さて、観光資源以外にこれといった資源も産業もないギリシャがこれからどう立ち直るかは困難を極めるが、ギリシャとは比べものにならない膨大な借金をかかえ、いまなお放漫な財政政策を続ける日本はどうなることやら・・

しかしギリシャは魅力的ですね

一度は行ってみたいものです。

そうか、みんなミラーマンだったんだ!

診療録の電子化三原則

当透析クリニックでは、電子カルテを導入し、レントゲンの画像情報も電子化している。

カルテを電子化する時の要件は、難しい表現であるが
1 真正性
2 見読性
3 保存性
が確保されていること、とされている。

真正性とは、容易に改竄(かいざん)できないことである。

従来の紙のカルテも、修正液や消しゴムはいけない。筆跡が書いた主の証なら代筆もいけないはずである。

電子カルテでは、他の人の知らないはずのパスワードを使って本人がログインして、入力し、確定後は修正できない仕組みになっている。したがってログインパスワードの管理がキーになる。

見読性は、判読できること。

実は紙カルテの見読性はかなり怪しいようだ。多忙な医師は急いで走り書きをする。仙人も自分の書いた文字が読めないことは日常茶飯事時だ。中には英語、ドイツ語などを駆使して走り書きをする医師もいて、そのカルテに書かれた指示を見て看護行為をする看護師は大変である。カルテに書かれていることが見読できればその病棟では一人前になったなどと訳の分からぬことも以前はあったような。

保存性は、消失しないこと。

紙のカルテだって火災にあったり、誰かが借りて返し忘れれば保存性はおぼつかない。電子化では、サーバーの二重化、ミラーリングの技術が必須とされた。最近では、さらに災害時に備えて、地震の少ない地域にクラウドサーバを設置することもあるようだ。岡山県が比較的地震がすくなく、クラウドサーバの設置場所として選ばれている。

電子カルテが普及する前は、このように、変化に抵抗する勢力が、難癖をつけて電子化に反対したが、紙カルテにしても三原則を満たしているかどうかはかなり怪しい、ケースもありそうだ。三原則を100%満たすことは困難だが一定の条件をクリアすることが必要をされている。

ミラーニューロンとミラーマン

ちょっと難しい導入となったが、本日はミラーリングの話である。とは言ってもコンピュータ技術とは違って、人の脳の中にミラーニューロンと呼ばれる神経があるそうな・・ということである。そう、みんなミラーマンなんですよ。
と言われても、ミラーマンなるウルトラヒーローを知る人は少ないか。
半世紀も前のころにウルトラマンの後継としてちょっとだけ登場したウルトラヒーローである。

ミラーマン

カエルの子はカエル

このミラーニューロンは、脳科学の実験から明らかになったもので、人が他人の真似をする時に活性化するのでこのように名付けられた。考えてみれば、子供はなんでも大人の真似をすることで成長していく。言葉はまさにそうだ。

0歳児は、何にでもなれる、何語でも操れる高い可能性を持っているスーパーマンだが、可能性の芽をつみながら、大人の真似をし、生まれ落ちた環境に適応しているのだ。
遺伝子を受けつぎ、親の真似をして成長すれば、親に似るのはやむを得ない。この子だけは自分のようになって欲しくないという願いは、概ね叶えられないということか。

成人まで親元で暮らすようになった現代では特に難しいかもしれない。

ちゃっかりしているミラーニューロン

さて、このミラーニューロンは、目の前で、近しい人が喜んでいる時にも、激しく活性化しているというのである。喜びを分かち合うことで、人との関係性はより親密になる。
では、悲しみ、苦しみはどうであろうか。
実験によると(恐ろしいことになんでも実験済みである)、悲しみや苦しみに対しては、喜びに対するほどは、ミラーニューロンの活性化が見られないということだ。

困難に首をつっこむことになるのは難儀だし、そもそも自分も悲しくなるのは割に合わないので、そういうことは避けたいという本能なのであろう。経済合理性にかなっている。
遺伝学者の手にかかればなんでも、遺伝子の自然選択によるものとなってしまう。

医療スタッフはウルトラ・ミラーマン

患者さんは、当然のことながら身体的な痛み、苦しみを抱え、精神的にも苦しく、辛い気持ちを持っている。多くの人はそのことを避けて通りたいのだが、医療職者は、そのことを察し、共感できなければいけない。

人一倍、ミラーニューロンを発達させ、優れたミラーマン・ミラーウーマンでありたいものだ。

仙人の入院記 3の巻

手術台にのせられて、両手に華の夢ごごちで眠りについたところまではよかったが・・

夢なら覚めないでほしいものだが、現実はそんなに甘くはない

そもそも手術なのだから当たり前である。

どうやら意識が戻ってきたようで、腹部に鈍痛を感じる。何時間眠っているのだろうか、あたりはスッポリと闇に包まれている。もう夜のようだ。
おそらく長時間寝返りもうたず同じ姿勢で寝続けていたせいであろう、体が鉄の塊のように固まっている。腰がベッドにめり込んでいるようで、こちらも鈍痛がする。

呻き声をあげるほどではないが不快である。
しばらくすると、夜勤の看護師が見回りにきた。
どうやら、知らぬまに酸素吸入器や心電計、血栓防止用のストッキングなどを装着していたようで、それらを外していく。血栓防止用のストッキングは、電気仕掛けで空気を送り込んで足を圧迫、弛緩するようになっているらしい。

介助をしてもらいながら、固まった体をまげやっとベッドの上に起き上がる。
腹腔鏡は侵襲の少ない手術とはいえ、ブズッ、ブズッ、ブズッ、とお腹に3つの穴を開けているので、さすがに傷口が痛む。点滴台を転がしてトイレにいくのだが、痛みのため背中を丸め、のそりのそりと恐る恐る歩を進める。なんともはや情けない格好であるが、いたしかたない。

なんとか用を足してベッドに横たわり、再び色々な器具を装着する。
十分に寝た上にお腹と腰が痛むので、ウトウトとするのが関の山だ。お腹の痛みは我慢できるが腰の鈍痛はなかなか厳しい。

 

金属製の窓格子で切り取られた空が白んでくる。
夜が明けるようである。

自由に身動きできないベッドのうえで、膝を立てたり、お腹を気にしながら体位ををかえていると、看護師さんがやってきた。今日の担当看護師は男性である。背はそれほど高くはないが、体育会系風のがっしりした体格で、言葉もはっきりとし動作もテキパキとしている。
この看護師さん、隣の爺さんにどう適応するのか、面白がって聞いていると・・

相手に抵抗する隙を与えないスピードで、・・しますよ。といって行動に移していく。
爺さんは反抗することもできず、やけに従順である。
時に反抗を試みるが、聞き入れる風でも、やり込める風でもなく、取り合わず、どんどんことを勧めていくのである。

看護師は、ものがなんだったか忘れたが、爺さんが食べ物(果物だったか)を隠しもっているのを発見して、「こんなところに隠していたらダメじゃないですか、腐りかけていますよ」といって取り上げてしまう。
これにも反抗できず、従順である。
こういうタイプに弱いらしい

前回登場の宇宙人のような新人看護師は、長続きするだろうか、どのように成長するだろうか?

 

 

主治医の回診である。
手術の状況説明をうけて、特に問題はないとのこと。やれやれである。
退院はいつにされますか?と聞かれ、即座に本日と答える。
とにかくこの狭いベッドのうえで、身動きが取れない上に、腰痛と戦うのは勘弁してほしい。
もう一泊する人が多いようであるが、特に積極的な治療があるわけでもなく、なんとなく不安というだけで、病院にいる理由は見当たらない。

主治医も笑顔で、わかりました、とこたえ、さらに退院後の注意事項などを説明してくれる。
非常に好感が持てる。

 

昼食を済ませ、退院である。
スタッフステーションに声をかけ、会計へ・・
ところが、土曜日でお昼を過ぎてしまったため、会計ができないとのこと。
お支払いは、次の外来の時にということ、このまま来なかったら、未収金になるがどうするんだろうと心配になるが、知ったこっちゃない。

タクシーを呼んで、やっと我が家(とはいえ仮住まいであるが)へ帰ってくる。

 

まずは音楽をかけ、コーヒーを淹れる。
ほっとする。
そして布団を敷いて横になる。
狭い部屋ではあるが、なんといっても伸びのびと横になれるところがよい。

透析患者さんの過ごす4時間、5時間、我が家にいるようにとはいかないが、アメニティはよくしなくてはいけないとつくづく実感したものであった。

たったの3日であるが、仙人の入院記もこれにておしまいである。

次からはまた、徒然なるままに

仙人の入院記 いざ手術の巻

いよいよ手術当日の朝

朝から、絶食を命じられている。それだけで寂しい気持ちになる。

人は生きるために食べるのか?食べるために生きるのか???

などとくだらぬことを考えている間に、なんとなく慌ただしい雰囲気になる。

看護師が検温に回ったり、配膳をしたり・・

しかし、わたしのところに配膳はない・・・

やってきました新人看護師さん

そうこうしているうちに、私のところへも看護師がやってくる。

新人である。ベッド周りに術後のモニタのセッティングを済まして、点滴のようである。

眉根を寄せて難しそうな顔をし、私のだした手を、まるで親も仇ででもあるかのようにピシピシ叩く、かなり赤くなってきたが、それでも容赦はしない。

血管を浮きだたそうとしているらしい。やっと諦めて注射器を手にする。やれやれ

あいかわらず眉根をよせているが、一息ついて、「少しちくっとしますよ」と声をかけて、針を刺す。

そして立て続けに「注射液はもれていませんか?」と聞くのである。

うん?

なんとも答えようがないので「注射液が漏れるとどうなりますか?」と聞くと

「激痛がはしり、腫れてきます」と口早に答える。

おっとそれはたまらん。

・・・それで、気がついたのか・・・

「大丈夫ですね」と自分で納得し、針を固定する。

いやいや、全く・・事なきを得てよかった。激痛はやめてほしいものだ。

この新人看護師殿、その足で隣のベッドへ

隣のわがまま爺さん

隣のベッドの住人は、見ていると(聞いていると)なかなかのわがまま爺さんだ

これまでも、リハビリをさせようと若い療法士が取っ替え引っ替えやってくるが、ほっといてくれと取り合わず、スゴスゴと追い返されている。

爺

さてどうなることやら・・・楽しみである。

やはり同じように「ほっといてくれ」と捨て台詞

しかしこの新人看護師殿は負けていない。

「・・をしないとダメですよ」と対抗している。

爺さんも負けておらず

「・・バカヤロー」ときた

「バカヤローですか・・バカヤローは・・さんの方です」

と今度は新人看護師殿が捨て台詞を残して、プンプンと立ち去っていった。

おお!この新人看護師殿、なかなか将来が楽しみだ。

ナース

そもそもこの爺さん、なんで入院しているのだろう?腰痛はあるようだし、血圧、血糖値は高いようであるが、高齢者は普通そういうものだ。いわゆる社会的入院か?寝たきりでもなく口も達者で、少しの介助があれば十分自立した生活ができそうであるが・・

さて、こちらも手術当日ともなれば、さすがに慌ただしい。

担当看護師がチェックにやってっくる。

麻酔科医が術前診療にやってくる。

そして、手術担当看護師が術前訪問にやってくる。

説明と質問、そしてサインの繰り返しである。

質問も、何か薬は飲んでいないかなどほとんど同じである。

女子アナ風看護師さん

特に記憶に残っているのが手術担当看護師だ。

まるで経済ニュースに出てくる女子アナのような、きりりとした美しい顔立ちで

・・どんな女子アナが世の中に存在するのかは実はよく知らないのだが・・

しかも、その説明ときたら、立板に水とはこのことを言うのだろう。つっかえることも、考える風もなく、そのままITアプリで文章化しても、ちゃんとした文章になっているのではないかと思われるほどスラスラと説明をしてのけた。

うーむできる、素晴らしい、何より先日の担当看護師を凌ぐ美人である。

しかし、何を説明されたのか、その内容についてはほとんど記憶にない。

見とれていたのか?

あまりスラスラとやられると受け止める方には印象が残らないのらしい。

最近なくなったイラストレータの安西水丸のヘタウマの作品が多くのベストセラーのカバーとなっているが、愛嬌があってとてもよかった。そういうことなのであろう。

安西

いや〜、いいね安西さんの絵は、もう一つ行きましょう。

安西2

さて、いよいよ手術台である。

幸せな眠り

術前は全くの健常者なので、点滴台を転がしてトボトボと歩いて手術室へ

手術室はひと部屋である。しかし以外と清潔で、設備も普通に整っている。少し安心した。

手術部位感染症のリスクが特に高いと言ったことはなさそうだ。

お、やってきました、女子アナ看護師さん。促され手術台の上に横になる。

無影灯

もう一人の前立ちの看護師もなかなかの美人である。周りは当然慌ただしい雰囲気に包まれているが、当の本人はなかなかに幸せなき気分に浸っていると

すかさず、麻酔器をかぶされ、2人の美人を眺めながら幸せな眠りに落ちていく・・・・

続きは次回へ

人間ドックの巻(その2)

(前回からの続き)

ああ、地獄の内視鏡

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診察台に横になると女の医者は、「それでは始めますよ」という

と内視鏡を開始しました。

のどから管が通っていく、内視鏡が入っていその実感を分かって

もらえる人もいるかと思います。

内視鏡が喉に通過するか否か。この時にすでに私は猛烈な吐き気

をもよおしていました。

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

苦しいその時に

「少しは静かにしてください」看護師に言われ、

「おいおい、それどころじゃない」と思いながら、喉に内視鏡が

通っているために、何も反論できずただ冷や汗が額を流れまし

た。

苦しさのあまり目から涙、口からは涎、しまいには嘔吐の連続で

した。

意識がもうろうとする中、これがどれだけ続いたのでしょうか。

私には時間の流れがわかりませんでした。

頭はもう思考能力が停止状態でしたが、しばらくすると冷静さを

取り戻し、そのうちに少し慣れてきたようです。

医師は「もう胃に到達していますよ」と言うと内視鏡の先端を

胃壁につけはじめました。

そしてそのまま胃壁に内視鏡の先端が当たったまま、グルっと

一回転させたのです。

「いててててててて」

「何てことすんだ」

こう思いましたが当然声にはならず身体中が緊張しました

しかし医師は、私のこの反応に我慢ができない患者だ、と思った

のでしょう。

「少し我慢してください」

と冷たく言い放ったのでした。

痛さを我慢して、苦しさを我慢して、鼻から鼻水、目から涙、口からヨダレ、お腹の痛みを抱えながら、内視鏡は終了しました。

もはや、体の力は残っていなく、ふらふらと診察台から降り、

診察室を後にしました。

それから、どうしたのか?私の記憶が消されていました。

これが私の内視鏡の初体験でした。

それ以来、内視鏡は絶対やるものかと心に決めていました。

その大病院の若い女の医師は、おそらく内視鏡のベテランではなく、

経験をこれから積んで習熟するために、経験を積んでいたの

でしょう。

その後、新聞紙上で内視鏡により、胃壁に穴をあけ、患者が重体

になるという記事を読んだのでした。

もしかして、私も医療事故の犠牲になっていたかもしれないと

思うと背筋が寒くなったのでした。

基幹病院での内視鏡の経験は10年前、こうして私の中に恐怖の記

憶として刻み込まれたのでした。

心からの「ありがとう」

 

先日、母と一緒に銀座界隈をプラプラ(いわゆる「銀ブラ」)した時のお話。

その日は平日の午前中ということもあり、高齢の母とゆっくり歩くのには、とても快適でした。

残念に感じていたのは、実は本人だった

ただ、とある有名な洋食店で頂いたお食事(お肉)が傷んでおり、残念な思いをした後だったのです。

その日は、お正月休み明けで仕入れが止まっている時期でしたので、

お店からすれば年末に済ませておいた仕込みが、そのまま年を越したため、

たままた生じてしまった不運であったのだと思うのですが。。。

母は、そのことに珍しく憤慨していたのです。

母曰く、

「他の人が食べてお腹を壊したら大変」

「せっかくの銀座で、名のある洋食店に足取りも軽く初めて訪れた人の失望感を考えたら、黙っていられない」とのこと。

ふむ。母の言い分も理解出来る。

カキフライ

しかし後々よく考えてみると、かく言う母も久しぶりにその洋食店を訪れた一人であり、なにを隠そう母自身がとても残念な思いをしていたのかもしれません。

そんな、やりきれない思いを抱えた母に、「気分転換になるよ」と、M越の地下まで私の買い物に付き合ってもらったのです。

 

残念な思いは、吐き出すに限る!

まだまだ人出が少ない時間帯でしたので、

お目当ての化粧品売場カウンターに着くと「どうぞ!」と私達に席を勧めてくれたのです。

最初は、躊躇していた母も「ではお言葉に甘えて。。。」と私の隣に座り、

最初のうちは店員さんと私のやりとりを、ふむふむ。。。と黙って聞いていたのです。

さて、私と店員さんとのやりとりの中、ふと母を見ると少しばかり元気がない様子。

「疲れた?」と聞くと、「大丈夫よ」と一言。

店員さんも「お疲れになりますよね」と一言かけて下さったのですが、

(おやおや・・・なんか様子が変だ・・・)

ここで娘の予感が的中するのです。

「実は、さっきランチで少し残念な事があったもので。。。」と店員さんに告げると、

「あら、そうでしたか。。。」と同調する店員さん。

ここで母と私の目が合うと、親子ならではのアイコンタクト。

(母:本当よねぇ〜)(娘:はいはい。分かってるから。)

そうしたところ、この店員さんは若い方だったのですが、大変聞き上手な方で、

母の鬱積した残念な思いが怒涛のごとく吹き出し、「あの出来事」を話し始めたのです。

母は決して無口ではないのですが、(娘とは正反対で)あまり話をすることが得意ではないのです。しかし、聞き上手な若い店員さんを前に、残念で納得の行かない思いを吐き出し始めたのです。

※実は、その洋食店を出てすぐ母があまりグチグチ言うので、私も「もう済んだことだからいいじゃん!」なんて一蹴してしまったことも母のストレスになったのかもしれません。

とりあえず気が済むまで話を聞いてあげれば良かった。。。と心から反省したのでした。

 『お母さん、ごめんなさい』

ライオン 

 

化粧販売のホスピタリティ

いきなり「残念な話」を聞かされて、たまったものではないのが、その若い店員さんです。

しかし、さすが銀座M越だけあります。

マダム(いわゆるオバ様)達の対応には、めちゃくちゃ慣れていらっしゃるのです。

最初のうちは、

「そうだったんですか」「それは大変でした」等の同調で対応されていたのですが、

暫く経つと(母は同じストーリーを堂々巡りしているのですが)、

「・・・で済んで良かったです。でも・・・だったら、もっと大変な事になりますものね」と、母の怒りを共有して下さり、

最後は、

「同じお客様あっての仕事をさせて頂いている私たちも大変勉強になります。お話を聞かせて下さり、ありがとうございました。」

そう言われて、深々と頭を下げられたのです。

 

これを目の当たりにした時、ただ単に対応に慣れているのではなく、

『上級なホスピタリティ』だと感じたのです。

もしかしたら、閑散時間帯だったから、ゆっくりお付き合い下さったのかもしれません。

しかし、それだけでは説明が出来ない『説得力』があったのです。

つまり、この若い店員さんは『心からそう思って下さっている』のだと、感じたのです。

本当に「大変でしたね」と。

本当に「大事に至らず良かったですね」と。

そして、本当に「勉強になります。ありがとうございました。」と。

 

これは感じる私たちではなく、感じさせる店員さんの力に他ならない、そう感じたのです。

かくして我が母は、

「お若いのに、とてもしっかりした店員さんだったわね。さすがM越!」

そう言って、気持ち良く午後のひと時を過ごすことが出来たのです。

※『ありがとう』M越のコスメコーナーの店員さん♥

コンシェルジュ

 

コミュニケーションとは。。。

老若男女問わず、コミュニケーションが苦手な方はたくさんいらっしゃると思います。

医療者だからといって、上手に受け答えが出来る人ばかりかと言ったら、決してそんなことはありません。

透析医療の現場でも、日々の対話や信頼関係が重要になるのですが、

透析医療に関わる人々全員が、十分な対話力を持っている者ばかりとは限りません。

そんな時、ただ安直に「コミュニケーション力を高めよう」と目標を掲げた所で、

元来苦手にしている人たちにとっては、そもそも何をどうしたら良いのかが分からないこともあるでしょう。

 

その通りだと思います。

 

そんな時、私はこう思うのです。

「心から感じた、心からの思いを言葉に乗せてみてはどうだろうか」と。

 

『心からの感謝の気持ちを込めた “ありがとう” 』。

 

私たちは、どれだけ感謝の気持ちが詰まった「ありがとう」を周りの人たちに伝えているだろうか。。。と内省してみる。

そして、心のこもった「ありがとう」を誰かに言ってみる。

伝えた私たちは想像以上に気持ちが良く、きっと言われた人たちは幸せな気分になってくれると思うのです。

これが、コミュニケーションの原点の様な気がしています。

そして、ホスピタリティマインドの礎なのだ、とも感じるのです。

礼儀正しい態度や言葉遣いは、とても大切です。

でもそれは、相手に対する敬意や思いやりの表現が「礼儀正しさ」なのであり、

そこに「心」が込められた時の礼儀正しさが『上級のホスピタリティ』になると思うのです。

 

意識して「心からのありがとう」を伝えてみようと、原点回帰させてもらった出来事でした。

 

素直な心からの『ありがとう』の気持ちが行き交う職場なら、

きっと、患者さんも幸せを感じて下さると信じて。。。

 

感謝

 

仙人の病院選びの巻

仙人も寄る年波には勝てず(年寄りだから仙人だから当たり前か・・ン?いやまてよ・・年寄は仙人の必要条件であろうか?・・おっと仙人論はまた次の機会にしよう)、昨年末には入院する羽目に。

がんなどの悪性疾患とは違って、標準的な手術をすれば完治する良性疾患であり、2泊3日の短期入院である。

これはその時の記録である。

エクセレントなカナダの専門病院

まずは医療機関を探すところから

実は、その治療では世界的に有名な専門病院がカナダにある。またその病院は「*選択と集中」を実現し成功している事例として経営学の領域でも世界的に有名で、アメリカのハーバード大学の経営大学院の発行するハーバードビジネスレビューでもレポートされている。

その病院のホームページへ

えっ  これが病院ですか? まるで、貴族の屋敷のよう

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日本でもメディカルツーリズムばやりで、官民一体で旅行を兼ねた海外の患者の獲得に力を入れ始めている。

カナダへ一飛び・・ときたいところであるが・・・

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さすがに雲トーンを駆使し、偏西風にのってもカナダまでは簡単には飛べない。そもそも冬の太平洋は寒そうだし

良性疾患なので、待たされる、いったんかかりつけ医を受診して紹介状をもらうなどと面倒くさい大病院は避け、カナダの病院とまではいかなくても、その領域に特化して力を入れていそうな、中小の専門病院と思われる医療機関を探すことにする。

「安(日本は医療保険で大きな差はないと思うが)・近・うま」狙いである。

病院にかかるのも大変

日本の医療政策では、大病院はがんや心疾患、脳卒中などの重篤な患者を治療するところとされており、通常、患者はいったんかかりつけ医を受診して、大病院を受診する必要性の有無の判断をしてもらうことが推奨されている。

もちろん、紹介状がなくても受診し、治療を受けることは可能だが、特別の費用(実は、かかりつけ医を受診してもやはり同等の費用がかかる)が必要になり、また、長時間待たされることになる。これにはうんざりである。

  • ここでチョット諸外国の医療制度に脱線するが

医療資源は限られているのでやむをえない。みんなが大病院に集中すれば、重篤な患者の治療も困難になる。合理的な制度ではある。

イギリスはノンビリ

イギリスのように極端なケースでは、医療費は100%税で賄われ病院は国営である。大病院の受診には家庭医の受診が必須で、しかも、大病院で手術を受けようとしても、病院はのんびりしているので1年くらい待たされる場合もある。そうな・・

経済的に余裕のある人は、海外(インドや東南アジア)で治療を受ける、優秀な医師が海外に流出するなどという問題も起きているようである。

アメリカは医療費が高く、そう簡単に病院に行けない。

中国は人口が多く、とても安易に病院にかかれそうにない。ハルピンでさえ人口4千万人で東京都の4倍である。

最適化された・・地獄の沙汰も金次第?

シンガポールやタイは、これらの先進国の状況を学びつつ制度を整備しているようで、一般庶民は比較的低額で最低限の医療が受けられる。入院する病室は大部屋になるが、日本の小さな民間病院の6人部屋に比べるとずっとゆったりしていて明るく快適そうである。一方富裕層は、民間の医療保険などを活用し、負担に見合ったグレードを選択できる。

タイのある病院などはアラブの王族、世界の富裕層を積極的にう治療し、そこで得た利益を医療スタッフの教育に活用し、国の医療レベルのUPに貢献しようとしているようである。

シンガポールでは、東京でいえば銀座の真ん中にあたる高級ブランドがはいるファッションビルに、多くの専門クリニックが入居し、高額な賃料を負担しながらも患者獲得にしのぎを削っている。画像診断専門のクリニックもある。

Clinic front

民間病院の著名な医師は、どこかの王族から大枚を受領したのに、自ら執刀しなかったということで訴えられれていた。

一般庶民が受ける公的医療と、富裕層を対象にした市場原理にもとづくサービスが適度にミックスされているようだ。

すべてを満たすことはできないので何を優先して、何をあきらめるか・・ということになる。

エイヤの病院選び

飲食店の評価も行ってみなければわからないが、医療機関の「うま」は外部からはなかなかわからない。客観的な情報は症例数・実績、スタッフ数などである。こういう情報がオープンになっていることも大切だ。また、厚生労働省のホームページでも症例数などは公表されている。

あとは、施設の状況、ホームページなどから伝わってくる印象、口コミなどに頼らざるを得ない。実際に患者になってみると医療機関の選択もなかなか大変である。

ということで、とりあえず、お江戸はバリバリの下町にあるA病院にたどり着く。仙人のカンピュータである。

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長くなりそうなので、A病院でのことは次回以降にゆずるとして

 大切な患者さんへの情報提供

透析患者さんもネットを活用し、自ら医療機関を選択するようになってきた。患者になってみると病院選びも大変で、適切な情報が少ないことがよく分かる。当院も透析患者さんの立場になって、必要とされる情報を、わかりやすく提供していかなければならない。

*選択と集中

企業経営、経営戦略に関して用いられる。特定のことに絞って(他のことは捨てて)、人・モノ・金といった経営資源を集中し、専門特化させ、そこでは他の企業の追随を許さないようにすること。

嬉しいお年賀

本年も宜しくお願い致します。

さて、皆さんは今年のお正月をどのようにお過ごしになりましたでしょうか。

私は日常と何ら変わらない日々を送っていたのですが、

そんな中に、ちょっぴり嬉しい出来事がありましたので、ショートストーリーを1つ。

 

お年賀

2年前に引っ越しをして、それ以来ごくごく身近な人にしか転居先を知らせていないため、

 ※別にやましいことがあるわけではありません。ただの無精です。

届く年賀状も限られており、

なんの期待もせずに日常と変わらず郵便受けを見た1月2日の事でした。

「おや?」

年始早々、マンションの管理会社の名前で「謹賀新年」の赤いハンコが押してある封筒が1通入っていたのです。

 ※営業担当だった時代は、自分の名刺に「謹賀新年」のハンコを押しまくり、
 得意先への挨拶回りで、ひたすら配りまっくたものです(懐かしぃ〜)。

 

はてさて「なんでしょう?」と思いながら、

その封筒を外側から指先の感触だけで探り探り、エレベータに乗り込み部屋へ向かったのです。

名刺サイズの硬い「何か」が入っているのは分かるのですが、

「あぶらとり紙かなぁ〜。それとも付箋?」

「緊急連絡先が記された磁石だったら、いらないなぁ・・・」

なんて勝手な妄想をしながら、部屋に入り早速 “ショキッ” とハサミで封筒を開けて中を見てみると。。。

丁寧なご挨拶状と共に入っていたもの。

それは、Sバックスのプリペイドカードでした。

 ※そう、あのサードプレイスで有名な。当ブログでも常連の。あのカフェの!だったのです

 

スターバックスカード 

 

感じ方は人それぞれ

「おぉ〜!なんてシャレたお年賀だこと

私は瞬間にそう感じたのです。

そして、こんなことも考えました。。。

「管理会社さんは、色々と頭を悩ませ考えたことでしょう」と。

私の住んでいるマンションは、目の前にSバックスがあるので、

それも「お年賀を何にするか」を考える時の選択肢の1つになったのかもしれません。

または「自分では買わないけれど、もらったら使ってみたい」と思う方がきっといるはず!そう考えたのかもしれません。

いずれにしても、私はこの「お年賀」に感動したのです。

 

しかし、Sバックスの事は知っていても、これ(カード)が何なのか分からない方、

そもそもコーヒーショップに行かれない方にとっては、

「なんじゃこりゃ???」って事にもなってしまうはず。

また、私みたいに単純に「素敵」と感じる単細胞もいれば、

「むむっ!チャージ金額はいったいどのくらい入っているのだろう。」と打算的な思いを巡らせる人もきっといらしたのではないでしょうか。

 ※実際のところ、まだ使っていないので、そもそもチャージされているのかどうかも不明。

 

でも、よくよく考えてみると、

「そもそも」気の利いたお年賀をくれる管理会社なんて世の中にどれ程あるのでしょうか。

 ※マンション(集合住宅)にお住まいの皆さま
 マンションの管理会社さんは、気の利いたお年賀を下さいましたでしょうか?

 

お飾りTBT

 

大切なのは、沢山のハート♥と少しのサプライズ

 

しかし、思うのです。贈り物はあくまでも送り手の気持ちだと。

せっかく送るのだから「心に残る贈り物をしたい」と一生懸命に考えて、

「うん、これが良い!きっと喜んで頂ける」

そう信じて送ったものであれば、きっと相手にその「心」が伝わると思うのです。

実は先日、当クリニックのコンシェ(事務部門スタッフ)が、患者さん全員にあるサプライズをお届けしたのです(詳しくは秘密♥で)。

最初は本当に喜んで頂けるかどうか、皆ずっと悩んでいたのです。

しかし実際の患者さんからの反響は、大成功!!

多くの患者さんが、とても喜んで下さったのです。

 

年末もお正月も関係なく受ける透析治療。

そんな365日が漫然とそて日常と化してしまいがちな中で、思いがけずお渡ししたサプライズは、きっと最高のホスピタリティになる。

そう信じて。。。

この先も患者さんが喜んで下さる笑顔を頂けるように、一生懸命頑張っていこう!

 

そんな思いが頭によぎった、年始のある日の嬉しい出来事でした。

 今年も1年、皆さんに素敵な日々が訪れますように。

 

雪だるま

 

年末のクリニックで起きた出来事ー後編

上から下に押さえる意味とは?

 

看護師に突然言われ、なんのことかわかりませんでしたが、

次第にわかってきました。

想像すると針を留置したまま採血管を替える作業の事のようです。

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「針をさしたまま、管を替えるじゃない、替えるときにどうしても針が動くので患者さん痛いのよ。

私それが心配なのよ。まあ私が新しいものについていけない、ということもあるけどね。」

私は、何となくいたたまれなくなり、(少々哀れにも思い)

「そっ、そうですよね。新しいことがすべていい訳じゃありませんよね。」

「そう、あなたもそう思うの♡」

「そりゃそうですよ。」

そして採血が終わりました。

 

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「はい、上から下に腕を軽く押さえてください」

と穿刺部位に絆創膏をはりながら

「上から下にですからね。決して下から上に押さえてはいけません。

わかりましたか?上から下方向に向けて軽く押さえるんですよ。

何故かと言うと、血管を下から針を刺しているので、その逆の上から下に抑えると

切れた部分がきちんと接着するの。

逆にやるとうまく接着しないので血液が止まりにくくなるのよ。

また、強く圧迫するのはダメね。

強く圧迫すると、血流がとまり血管の圧力が高まるので、圧迫を離した途端に

反動で血流が勢い良く流れだし塞いだ血管から出血しやるくなるの。

だから、これもだめね。」

なんだか余計なことばかり言っちゃったわね。

「いえ、そんなことありません。ありがとうございました」

それだけ言うと看護師は次の患者さんを呼びに行きました。

待合に行きながら「お大事に」と声がしました。

年配の看護師の話は少々くどかったものの、決して嫌な感じはせず、むしろ親近感を

感じたのでした。

普通であれば事務的に終わるところですが、採血一つとっても色々な知識や考え方

の上に成り立っている事は、聞いてみなければ判りません。

当たり前の事が当たり前じゃない

プロは当たり前と思っていることであっても、素人にとっては初耳。それを聞いた時は

新鮮な驚きがあり、決して悪い気はしません。

高い鰯と安い鰯の見分け方とは?

この見分け方分かりますか?

以前に、こんなことを聞いたことがあります。

ある魚屋さんでの出来事。台の上に様々な魚が並んでいるお馴染みの光景です。

 

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スーパーではありませんから、開いてトレイのにのりパックになっているのではなく

魚が一匹づつ並んでいます。

鰯が台の上にあり値段を見ると、一匹300円です。隣に一匹500円の鰯があります。

何で同じ時期の鰯なのに値段が倍程も違うのでしょう。

値段の高い商品を売る秘訣とは?

二匹を見比べても若干大小の差はあるようですが、倍も大きいわけではありません。

お客さんが魚屋の主人に聞きました。

「値段が倍ほど違うけど、大きさはあまり変わっていない。何が違うの?」

主人はぶっきらぼうに「あ、それはね、背中から見てごらん。魚の厚さがちがうだろ。

魚の厚さは、脂のノリ具合と関係しているんだよ。

背中の厚さが厚いものほど、脂が乗っていて美味しいんだよ」

お客「ふーん、そうなの」

しかし、その説明表示はどこにもなく、ただ値段が書いているだけです。

魚の厚さと脂のノリ具合に関して、漁業関係者にとっては当たり前の事でしょう。

しかし、素人の消費者にとっては全く知らないことです。

説明されれば、納得するものの、説明されなければ安いほうがお得感があり

安いものを買う人も多いのではないでしょうか。

ところが、魚屋さんは高い鰯も買ってほしいはずです。

きちんと説明すれば、お客さんは納得し、高い商品でも買う可能

性が高くなります。

この例のように、プロの説明が実は重要になります。

プロに説明されれば納得する事が多いからです。

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問題は、プロが常識と思っていることと素人のお客の知識には大

きな差があるという事です。

常識と思っていることを説明しなければ、素人のお客はわからな

いということなのです。

判りきっていることが実は判っていないという事実

プロは素人に話をするときに、プロであれば常識と思っているこ

とでも話をすることで素人が納得することも多いのです。

どうでしょうか? 説明って大事ですよね。

先ほどの注射の件も言われなければわからない、

言われれば「なるほど」

と納得します。

納得すると何が生まれるでしょうか?

実は何よりも相手の事を少し尊敬したり、親近感をもったりと

相手との距離が縮まって行きます。

そうです、信頼が生まれるきっかけになるのです。

透析医療現場でも、プロはちょっとしたことを説明するか?

しないか?の差は大きいということを忘れないようにしたいもの

です。

年末のクリニックで起きた出来事ー前編

妄想クリニック

 

年末になると、不摂生がたたり、体調を崩すのが毎年の恒例になっています。

(わかっているなら、何とかすればいいのに、毎年同じです)

健康管理をとは思いますが、

これがなかなか思うようにいかない。

透析患者さんの自己管理が難しいのがよくわかります。

正直、私が透析患者になったらきっと不良患者でしょうね。

食事制限→無理、水分制限→無理。
これ太鼓判押します。

威張ることではありません(患者さんすみません)

先日、年中行事のごとく体調を崩した時のことです。

とあるクリニックに飛び込みました。

そのクリニックはビルの3階にある内科クリニックで、駅から近

いということがわかり予約なしで。

エレベーターで雑居ビルの3階に上がると、エントランスはなく

エレベーターがあくと既に待合になっている、そんな狭小な

クリニックでした。

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院長一人(おそらく60代半ば)看護師一人(間違いなく60代)

受付2名(一人50代、もう一人30代二人とも主婦のバイトのようです)
4人体制のそのクリニックでの出来事です。

何かどんよりとした雰囲気で、やる気が感じられません。

ここからは、あくまで勝手な予測です。

なんかこんな感じです。院長は、大病院の内科部長をつとめあげ、定年後に開業し今に至る。
開業する以前は大病院の消化器部長で、勤務中に開業準備をしていたところ、

看護師「先生ご開業されるのですか?」
医師「うん、そうだけど、どこで聞いたの?」
看護師「何となく、そう感じただけです」
医師「もし、先生がご開業されるのでしたら、私ついていこうかな?♡」
「えっ、本当に。いや実は困っていたんだよ。君みたいにベテランが来てくれた
ら助かるよ。♡♡」
看護師「私もあと2年で定年ですから、次の職をどうしようかと思っていた矢先なので、まして先生となら、気心もしれていますし、是非お願いします♡♡♡」
医師「よかった、それでは来月から準備に入るので頼むよ」
とトントン拍子、めでたく交渉成立。パチパチ。
そんな経緯からに、一緒に以前の職場で仕事をしていた看護師がついていき、
看護師がいれば何とかなるから、ということで、頭数をあわせて

何とか開業したといった感じのクリニックでした。

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古い人間とお思いでしょうが?

 

やる気のない医療事務に呼ばれ、保険証を提出し、問診票に記入

し、カルテ等、一連の事務作業を終えて、何となく気怠い雰囲気

の待合に座っていた時に、年配看護師から呼ばれ「それでは採血

しますからね。処置室にどうぞ」

処置室に入り丸椅子をすすめられるまま腰を下ろすと「腕をまくってくださいね」

私「右と左とどちらがいいでしょうか?」
看護師「ああ、それは好きな方で構いません」
私「じゃあ左腕でお願いします」
看護師「ちょっとチクっとしますからね」
(年配の看護師だけど、それなりに丁寧な感じだ)

そこから看護師のトークが炸裂しました。
「私は古い人間だからねえ。」
(何も聞いていないんですけど)
「だからさ、患者さんが痛いんじゃないかと思って。
(何で”だからさ”からはじまるんだ)
私はシリンジで採血し、それを私が分注するようにしているの。

これが私が昔からやっている方法なのよ。

私は古い人間だからね。」
何か、はにかみながら、笑いながら話をしていました。
私「はあ、」

看護師は私が何も話さないのに、一人で話し始めました。
何となく、これからの事を予測すると、気が重くなったのでした。

待合を見回すと、近所の常連の年配の患者さんばかりで、ビジネスマンは私一人。

常連の患者さんで定期的に通院しているという様な人ばかりで、

妙に緊張感がないのもそのせいのようでした。

心の中で「しまった、選択を間違えたかもとの思いがよぎりまし

たが既に後の祭りでした」

つづく。