田端駅前クリニックスタッフのブログ

仙人の銀ぶら考

りんごに出会った街 「銀座」

前回、「”A ha!”な りんご たちの話をしたが、
そのりんごに出会った場所

そこは、全国に無数に散在する銀座たちの総本山である東京銀座である。
仙人の住む田端界隈にも田端銀座、尾久銀座などがあるが、それぞれが勝手に銀座を名乗っているだけで、東京銀座にとってははた迷惑なことであろう。
しかし、さすがに東京銀座である。全国の銀座たちに、文句を言ったり、のれん代を要求したりしない(はずである)のである。

そのそも銀座は江戸時代の貨幣鋳造所である。
本家本元の金座は、お上の管轄であり、厳しいだけておもしろくもないが、銀座には、銭を扱う商人たちがあつまり、さらに銭を集めるための情報交換を行う場ができる。
銭を持っていれば使う
欲望の原点は、食欲と・・欲と・・欲、あとはひとそれぞれ
必然的に人を魅了するもの、ことが集積していったのであろう。
築地も近いし・・
差異と欲望がエンジンとなる資本主義の発展の歴史に近いのかもしれない。

銀座の公式ホームページによると

「銀座」という座組織は幕府のために銀貨をつくる組織で、銀の買い入れや銀の管理、事務を取り扱う役所と、銀貨の鋳造を行う工場とがありました。ちなみに金を扱う金座は日本橋の、現在の日本銀行本店のところにありました。
銀座は日本橋を起点とする東海道の一部でもある銀座通りに大きな商店がにぎわいをみせ、取り囲む川で活発な舟運流通が行われる一方、裏手に職人町がひろがり、能役者や歌舞伎役者、常盤津の師匠、画家たちの住む町でもあったのです。

とある。

画廊が集積しているのも歴史的必然のようである。

芸術・芸能・文化などというが人々の欲望の表現の一つの形なのだ。

田舎者の目にも銀座の街はなかなかの優れものである。

街全体がケバくない程度に瀟洒にデコレートされている
旧いとは言っても、戦争で焼け野原になった東京のことだから戦後のものだろうが、鉄とガラスのモダンな建築物に混じって、旧い石造りの建築物が残され利用されているのである。それぞれ自己主張はあるが節度が感じられる。
建物の高さが適度に抑えられていて、突出したものがない。
吉田健一のエッセイには、行きつけの小料理屋や文人が集まり呑んだくれるバーがよく出てくるが、一つ路地を入るとまだそのような飲み屋がありそうだ。

巨大ビル銀座に出現か?

山野楽器の前の広い土地が更地になって工事が進んでいる。一体何ができるのだろうか。なんとかヒルズのような巨大な高層ビルができるのであろうか

できればそうあって欲しくないものだ。

最近話題を呼んでいるなんとかヒルズや渋谷ヒカリエなどの巨大ビルは、ビルの中はモダンにデザインされているし、外観もカッコよく主張してはいるが、街をそぞろ歩く人のサイズではない。ビルそのものが街を飲み込んみこんでしまい、街から人間的な表情がなくなってしまうような気がする。

「急ぐ」  谷川俊太郎

こんなに急いでいいのだろうか
田植えする人々の上を
時速二百キロで通り過ぎ
私には彼らの手が見えない
心を思いやる暇がない

この速度は早すぎて間が抜けている
苦しみも怒りも不公平も絶望も
すべてが流れてゆく風景

こんなに急いでいいのだろうか
私の体は速達小包
私の心は消印された切手
しかもなお間にあわない
急いでも急いでも間にあわない

そう、巨大ビルは超特急なのである。

銀座の街は、街そのものがショーウィンドウになっていて魅力的だ。
そのショーウィンドーには、自分や様々な人の姿や表情、欲望が映されているではないか。
街は、人々の欲望が複雑に絡み合って集積していく結果でありその過程であるから面白い。
おおまかなデザインはしても設計はしないほうがよい。

田端銀座をブラつく(これも銀ブラというのか)仙人の愚痴になってしまったが、生粋の銀座通はどう感じているのであろうか。

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