田端駅前クリニックスタッフのブログ

仙人の入院記(その1)「俺の空」

さすがに不安な入院

1回の外来受診で、すべての検査を終わらせ、診断をつけ、10日後の入院・手術日を決定するというスピード裁定となったが、仙人も修行が足りぬのか、往生際が悪いのか、いかんせんあの建屋である、入院となり数日間そこで過ごすとなると、そう簡単にあばたもえくぼとはいかないもので、一抹の不安が頭をもたげている。

しかし、月日は勝手に過ぎていき、瞬く間に入院当日となる。

潔く病院へ。

そういえば、退院予定日なども聞かされていない。

多くの病院では、入院前にクリニカルパスと言って、入院期間中、いつどのような治療やケアを実施し、特に突発的な問題が起きなかった場合の退院予定や治療に要する費用、自己負担額などの、疾患別の予定表を提示するようになっている。このクリニカルバスなるものの提示が、遅くとも入院時にあるかないかが病院のレベルの試金石の一つになる。

などなど・・考えながら、病院の受付に向かい、入院予定の旨伝える。

パス

狭くて古いがなんとなく憎めない、このレトロ感

ほとんど待つこともなく、がっちりとした体育会系風(失礼女性である)の看護師さんがやってきて、病棟へ案内してくれる。ノートpcなどをいれた重い私のリュックをさっと取り上げ、先に進む。「重いので持ちますよ」と声をかけるが、頓着せずどんどん前に進む。

エレベータで2階の病室に案内される。担当看護師がくるまで、お待ちくださいとのこと。

所在無くベッドに腰掛け、部屋の様子を眺める。

まずベッドの数を数えてみる。6人部屋であるが、部屋の形が少々変形で、5人が足を窓に向けて並び、一人のベッドは窓際で横付けされている。以前、サイクルリング中に転倒・骨折し、救急搬送され手術を受けた病院の病室が、10人部屋であったので(これには流石の仙人も驚き参った)それに比べれば、なんとかなりそうである。

病室

*当該病院の病室ではありません。

ボーツとしていると、意識をしなくても部屋の中の様々な情報が目に止まる。かべのひび割れ、天井の一部に開いた穴、雨漏りの痕跡か黒いシミがある。

部屋には大きな出窓があり、窓枠は鉄製の格子cp0054である。レトロ感があって、先ほどの黒いシミとどことなくマッチし、不思議なもので許せる気持ちになってくる(諦念かもしれないが)。

そういえば、フランスのパリでは、ナポレオンの時代(それくらい古い)の建物が、外観はそのままで病院として利用されている。

今日は冬型の気圧配置で、外の風は冷たいが空は良く晴れている。格子状の窓枠に切り取られた空が、開放感があってとてもよい。

sora1

美人看護師にニンマリ

そこへ、息を弾ませ急ぎ足で担当看護師がやってきた。挨拶、自己紹介をする。やや息を弾ませているが、テキパキとした感じで、安心感がある。

中々の美人である。思わず頬が緩む。(ニンマリ)

猫仙人

一連の入院説明があり、5枚くらい書類に署名をもとめられる。

そして

やっと出てきました。クリニカルパスです。

なぜか、退院日が記載されていない。ずーっと入院になっている??

通常この手術の入院期間は日帰りを除けば3~5日である。思わず、「退院はいつになりますか」と問いかけると「何も問題がなければ、手術の翌日から退院できますよ(3日入院)。2~3日入院される方が多いですが、それは医師と相談してください」

とのこと。

手術の翌日は土曜である。通常、病院経営上、土曜日の退院は好ましくない。また、あまり入院期間が長くなることも好ましくない。病院によっては、土日は医師の診察がないので、とか、検査結果が出ないのでなどと理由をつけて、土曜日には退院しないように仕向けるところもあるが、病状に問題がなければ、ある程度は患者の選択に任せているようだ。

スタッフもなんとなくおおらかでよい。

入院予定時刻(13:00)に間に合うようあわてて病院にやってきたのに、入院説明だけで、本日の予定は終了である。

それでも大切な「俺の空」

看護師は、プライバシーを気にしてか、ベッド周りのカーテンを閉めて立ち去ってしまった。

しかし、これはいけない。なんという閉塞感。

あわてて、カーテンを開ける。やはり空が必要なのだ。

いつも頭上ある空、逃げも隠れもしない(隠れることはよくあるか)空、普段はあまり意識もしない空、空(くう)とも読む空であるが、やはり必要なんですね、空が。

透析クリニックの大きな窓

田端駅前クリニックでは、待合ホールには大きな窓があって、窓際に長いテーブルを設置している。

西向きであり、夕刻は茜色の空が見える。患者さんは、そのテーブルで透析前の食事をされたり、しばし外を眺めて過ごしていらっしゃるようである。

sora2

*写真は田端の空ではありませんが・・

今度、JR新橋駅の近くに新しくオープンする透析クリニックでも、待合ホールは大きな窓と開放感のある眺めを大切にしたデザインとした。

よかった、その空の大切さに気付かされた入院初日であった。

人間ドックの巻(その2)

(前回からの続き)

ああ、地獄の内視鏡

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診察台に横になると女の医者は、「それでは始めますよ」という

と内視鏡を開始しました。

のどから管が通っていく、内視鏡が入っていその実感を分かって

もらえる人もいるかと思います。

内視鏡が喉に通過するか否か。この時にすでに私は猛烈な吐き気

をもよおしていました。

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

苦しいその時に

「少しは静かにしてください」看護師に言われ、

「おいおい、それどころじゃない」と思いながら、喉に内視鏡が

通っているために、何も反論できずただ冷や汗が額を流れまし

た。

苦しさのあまり目から涙、口からは涎、しまいには嘔吐の連続で

した。

意識がもうろうとする中、これがどれだけ続いたのでしょうか。

私には時間の流れがわかりませんでした。

頭はもう思考能力が停止状態でしたが、しばらくすると冷静さを

取り戻し、そのうちに少し慣れてきたようです。

医師は「もう胃に到達していますよ」と言うと内視鏡の先端を

胃壁につけはじめました。

そしてそのまま胃壁に内視鏡の先端が当たったまま、グルっと

一回転させたのです。

「いててててててて」

「何てことすんだ」

こう思いましたが当然声にはならず身体中が緊張しました

しかし医師は、私のこの反応に我慢ができない患者だ、と思った

のでしょう。

「少し我慢してください」

と冷たく言い放ったのでした。

痛さを我慢して、苦しさを我慢して、鼻から鼻水、目から涙、口からヨダレ、お腹の痛みを抱えながら、内視鏡は終了しました。

もはや、体の力は残っていなく、ふらふらと診察台から降り、

診察室を後にしました。

それから、どうしたのか?私の記憶が消されていました。

これが私の内視鏡の初体験でした。

それ以来、内視鏡は絶対やるものかと心に決めていました。

その大病院の若い女の医師は、おそらく内視鏡のベテランではなく、

経験をこれから積んで習熟するために、経験を積んでいたの

でしょう。

その後、新聞紙上で内視鏡により、胃壁に穴をあけ、患者が重体

になるという記事を読んだのでした。

もしかして、私も医療事故の犠牲になっていたかもしれないと

思うと背筋が寒くなったのでした。

基幹病院での内視鏡の経験は10年前、こうして私の中に恐怖の記

憶として刻み込まれたのでした。

仙人 病院へゆく

ハムレットの心境だ

とはいへ、前回コメントした手術のために探索した病院の外来にかかるだけなので大層なことではないか。

田端からマウンテンバイクを駆って、紆余曲折して迷いながら約30分で到着。

想像していた以上にコテコテ(関西弁?剣道の技ではありません)の下町・下駄ばき病院。

病院の状況は、ホームページや外来に、◯年◯月移転新築とのアナウンスがされていることから容易に想像できるが、期待以上のものだ。

これでは、病室や手術室はどんな状況であろうかと想像すると、思わず躊躇してしまう。引き返すなら今だ・・、だがそこは、アドベンチャー精神で踏みとどまり、受付へ!

コテコテの下駄履き病院

当然のことながら世間のIT化の流れなどはどこ吹く風、事務職員が忙しそうにカルテや会計表の受け渡しをしていた。どうしたものかと、突っ立って様子を眺めていても、誰も気にする様子はなく、諦めて、こちらから声をかけて問い合わせる。

リハビリやインフルエンザの予防接種を希望されるお年寄りが多いようだ。

事務の方に案内されて、外科外来へ。とはいえ、診察室の前の狭い廊下に椅子が置いてあるだけで待合スペースはない。

椅子に座って待っていると、看護師さんの大きな声が聞こえる。そう、高齢の患者さんにお薬のの説明をしているのだけれど、全く要領を得ないのである。大きな声で、ゆっくり、3回くらい説明をしているのだが、患者さんは「はぁー?」とうわのそらの様子である。

看護師さんも大変だ。忍耐とパワーである。が、報われているのか?ほんとうにこれでよいのか?

と疑問に思うのである。

看護師不足の中、人海戦術ではなく、制度的にも、運営的にも何か他の方法があるような・・・、

待合の廊下のすぐ隣が救急外来になっており、医師や看護師、時にはストレッチャーに乗せられた患者さんが前を通り過ぎるが、重症患者さんはいないので緊迫感はない。救急外来の扉は開けはたれており、病院の中も、下町長屋の風情である。

実は多くの病院はこんな感じであるが、なんとなくこれがあたりまえと思っている風でもある。

さすがは専門特化?

てなことに思いを巡らしていると、程なく名前を呼ばれ診察室へ。思っていたより待ち時間は短い。

医師からは丁寧に自己紹介をされ、こちらも症状を説明する。

ここから後はトントン拍子である。

すべての検査がパッケージ化されており、心電図、レントゲン、CT、採血とすべての検査を終え、再度診察を受け、確定診断、手術日を決定するまで1時間もかかっていない。看護師の説明も要領を得ており、ここは、さすが専門特化というべきか。

狭い病院も悪くはない

大病院は、患者さんも多いので当然なのかもしれないが、広い外来ホールがあって立派に見えるが、お年寄りにはホールを渡りきって目的地にたどり着くのも大変だ。仙人も数年に一度はぎっくり腰になって近所の整形外科医院にお世話になるが、そういう状態での移動はほんとうに大変である。

この病院は、玄関、受付、診察室、検査室などがそれぞれ目と鼻の先の位置にあり、移動距離が短く助かる。長居をしない前提であれば狭い病院も悪くはない、かも・・・

何より、専門特化とパッケージ化で、初診で躊躇なく即日に入院日・手術日が決まるのはありがたい。また、手術日も週末近くで希望通り、翌週から仕事ができる(手術がうまくいけばの話だが)。

最初は受診をためらいはしたものの、気をとりなおして、入院することにする。

看護師さんご苦労様、でも・・

どこの病院でもそうだが、看護師さんは走り回っていて大変だ。種々雑多な仕事は引き受けてはさばいている。なんとか工夫はないものか、走り回っていて工夫どころではないというのが実態か。

また、一人暮らしのお年寄りが多くなれば、病院の受診は大変だし、きちんと服薬できなければ本当に効果があるものかも疑問である。制度的に病院ではなく、かかりつけ医やかかりつけ薬局など在宅での医療やケアをすすめているもの理解できる。

慢性透析医療では

さて、慢性透析医療は専門特化、パッケージ化に適した医療で、前回紹介したカナダの病院のように、特定の領域に絞って技術とサービスを磨くことで効率的で質の高いサービスの提供が可能ではないかと思われる。

当院では、患者さんにとって気持ちの良い、また効果性の高い医療サービスを目指して努力をしているが、まだまだ、これが当たり前で、しょうがないと思っているところがないか、もっとブラッシュアップできるところがないか、常に検証し、改善を続ける必要があるのだろう。

心からの「ありがとう」

 

先日、母と一緒に銀座界隈をプラプラ(いわゆる「銀ブラ」)した時のお話。

その日は平日の午前中ということもあり、高齢の母とゆっくり歩くのには、とても快適でした。

残念に感じていたのは、実は本人だった

ただ、とある有名な洋食店で頂いたお食事(お肉)が傷んでおり、残念な思いをした後だったのです。

その日は、お正月休み明けで仕入れが止まっている時期でしたので、

お店からすれば年末に済ませておいた仕込みが、そのまま年を越したため、

たままた生じてしまった不運であったのだと思うのですが。。。

母は、そのことに珍しく憤慨していたのです。

母曰く、

「他の人が食べてお腹を壊したら大変」

「せっかくの銀座で、名のある洋食店に足取りも軽く初めて訪れた人の失望感を考えたら、黙っていられない」とのこと。

ふむ。母の言い分も理解出来る。

カキフライ

しかし後々よく考えてみると、かく言う母も久しぶりにその洋食店を訪れた一人であり、なにを隠そう母自身がとても残念な思いをしていたのかもしれません。

そんな、やりきれない思いを抱えた母に、「気分転換になるよ」と、M越の地下まで私の買い物に付き合ってもらったのです。

 

残念な思いは、吐き出すに限る!

まだまだ人出が少ない時間帯でしたので、

お目当ての化粧品売場カウンターに着くと「どうぞ!」と私達に席を勧めてくれたのです。

最初は、躊躇していた母も「ではお言葉に甘えて。。。」と私の隣に座り、

最初のうちは店員さんと私のやりとりを、ふむふむ。。。と黙って聞いていたのです。

さて、私と店員さんとのやりとりの中、ふと母を見ると少しばかり元気がない様子。

「疲れた?」と聞くと、「大丈夫よ」と一言。

店員さんも「お疲れになりますよね」と一言かけて下さったのですが、

(おやおや・・・なんか様子が変だ・・・)

ここで娘の予感が的中するのです。

「実は、さっきランチで少し残念な事があったもので。。。」と店員さんに告げると、

「あら、そうでしたか。。。」と同調する店員さん。

ここで母と私の目が合うと、親子ならではのアイコンタクト。

(母:本当よねぇ〜)(娘:はいはい。分かってるから。)

そうしたところ、この店員さんは若い方だったのですが、大変聞き上手な方で、

母の鬱積した残念な思いが怒涛のごとく吹き出し、「あの出来事」を話し始めたのです。

母は決して無口ではないのですが、(娘とは正反対で)あまり話をすることが得意ではないのです。しかし、聞き上手な若い店員さんを前に、残念で納得の行かない思いを吐き出し始めたのです。

※実は、その洋食店を出てすぐ母があまりグチグチ言うので、私も「もう済んだことだからいいじゃん!」なんて一蹴してしまったことも母のストレスになったのかもしれません。

とりあえず気が済むまで話を聞いてあげれば良かった。。。と心から反省したのでした。

 『お母さん、ごめんなさい』

ライオン 

 

化粧販売のホスピタリティ

いきなり「残念な話」を聞かされて、たまったものではないのが、その若い店員さんです。

しかし、さすが銀座M越だけあります。

マダム(いわゆるオバ様)達の対応には、めちゃくちゃ慣れていらっしゃるのです。

最初のうちは、

「そうだったんですか」「それは大変でした」等の同調で対応されていたのですが、

暫く経つと(母は同じストーリーを堂々巡りしているのですが)、

「・・・で済んで良かったです。でも・・・だったら、もっと大変な事になりますものね」と、母の怒りを共有して下さり、

最後は、

「同じお客様あっての仕事をさせて頂いている私たちも大変勉強になります。お話を聞かせて下さり、ありがとうございました。」

そう言われて、深々と頭を下げられたのです。

 

これを目の当たりにした時、ただ単に対応に慣れているのではなく、

『上級なホスピタリティ』だと感じたのです。

もしかしたら、閑散時間帯だったから、ゆっくりお付き合い下さったのかもしれません。

しかし、それだけでは説明が出来ない『説得力』があったのです。

つまり、この若い店員さんは『心からそう思って下さっている』のだと、感じたのです。

本当に「大変でしたね」と。

本当に「大事に至らず良かったですね」と。

そして、本当に「勉強になります。ありがとうございました。」と。

 

これは感じる私たちではなく、感じさせる店員さんの力に他ならない、そう感じたのです。

かくして我が母は、

「お若いのに、とてもしっかりした店員さんだったわね。さすがM越!」

そう言って、気持ち良く午後のひと時を過ごすことが出来たのです。

※『ありがとう』M越のコスメコーナーの店員さん♥

コンシェルジュ

 

コミュニケーションとは。。。

老若男女問わず、コミュニケーションが苦手な方はたくさんいらっしゃると思います。

医療者だからといって、上手に受け答えが出来る人ばかりかと言ったら、決してそんなことはありません。

透析医療の現場でも、日々の対話や信頼関係が重要になるのですが、

透析医療に関わる人々全員が、十分な対話力を持っている者ばかりとは限りません。

そんな時、ただ安直に「コミュニケーション力を高めよう」と目標を掲げた所で、

元来苦手にしている人たちにとっては、そもそも何をどうしたら良いのかが分からないこともあるでしょう。

 

その通りだと思います。

 

そんな時、私はこう思うのです。

「心から感じた、心からの思いを言葉に乗せてみてはどうだろうか」と。

 

『心からの感謝の気持ちを込めた “ありがとう” 』。

 

私たちは、どれだけ感謝の気持ちが詰まった「ありがとう」を周りの人たちに伝えているだろうか。。。と内省してみる。

そして、心のこもった「ありがとう」を誰かに言ってみる。

伝えた私たちは想像以上に気持ちが良く、きっと言われた人たちは幸せな気分になってくれると思うのです。

これが、コミュニケーションの原点の様な気がしています。

そして、ホスピタリティマインドの礎なのだ、とも感じるのです。

礼儀正しい態度や言葉遣いは、とても大切です。

でもそれは、相手に対する敬意や思いやりの表現が「礼儀正しさ」なのであり、

そこに「心」が込められた時の礼儀正しさが『上級のホスピタリティ』になると思うのです。

 

意識して「心からのありがとう」を伝えてみようと、原点回帰させてもらった出来事でした。

 

素直な心からの『ありがとう』の気持ちが行き交う職場なら、

きっと、患者さんも幸せを感じて下さると信じて。。。

 

感謝

 

人間ドックの巻(その1)

苦しい時の神頼み!

 

先日、久しぶりに人間ドックに行きました。

実は、胃の内視鏡が大の苦手です。

そのために、最後に健診をしたのが3年前。

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「そんな間あけたら意味無いじゃん!」と突っ込まれそうですが、いや本当に内視鏡嫌なんです。

人間ドック嫌いは思い起こせば、10年程前の事です。大手の病院で人間ドックを受けたことがあります。

その時、基幹病院なので熟練した内視鏡の医師がいて、きっと苦しくないのだろう?と

思い、うけることに。

「大きいことはいいことだ」は誤り

これが間違いの始まりとは知らず、勝手な思い込みで涼しい顔をしていました。

着替えを終えて内視鏡室の前の待合室のベンチに。既に4人の男性がベンチにこしかけていました。

しばらくすると、看護師がきました。

凛としたというか、事務的というか、冷たい感じの看護師でした。手には、小さなカップ持っていて

それを渡されました。

そのカップの中には少量の液体が入れてあり「この薬を口に含んでください」と指示されました。

少量を口に含むと何か苦い味がしました。そして、しばらくすると舌や喉がしびれてきました。

「ああ、これ麻酔だな」と素人でも判りました。

「それでは、順番にお呼びしますからね、ここでお待ちください」と看護師は処置室に入り

待合室で待たされること30分以上。私は最後の5番目でした。

そうか、5番目かと思い自分の番が来るまで待っていました。

そのうちに、時間がたつにつれ次第に舌や喉の痺れがなくなってきました。

人生最大の過ちとは?

(おいおい、麻酔が切れきているけど、このままで大丈夫か?)と不安がよぎりました。

ここでも、きっと大病院、基幹病院だから大丈夫さと高をくくっていました。

しばらくして、4人目の患者さんが終わり看護師に呼ばれ、私の番です。内視鏡室へ。

部屋の扉を開けると若い女医が待ち受けていました。

(おいっ、この出立ちは何だ?)

上半身はナイロン製の前掛け。顔にはゴーグル、手はグローブという出立ち。

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嫌な予感がしました。

もしかして、検査中に嘔吐物が多いために、防御のために全身をおおっているのでは。

という予感がしました。まさかその時にこの予感が的中すると思わずに、言われるままに診察台に横になりました。(続く)