田端駅前クリニックスタッフのブログ

大江戸新宿人情長屋のザ・サードプレイス

暮らしの保健室に感服

最近、久しぶりにテレビを見ていて、感動した。

先般NHKスペシャルというTV番組で、新宿の団地にある秋山正子氏主宰の「暮らしの保健室」が紹介されていた。

ご覧になられた方も多いのではないだろうか?

絶妙の距離感と包容力でお年寄りに寄り添う看護師さんには感服する。

通帳がいつものところにない(そもそもいつものところがわからなくなっている)と言って1日に何回か訪れるおばあさん。

そうね、一緒に探しましょうねと言って訪問し、「あったあった、良かったわね」と安心させる。

おばあさんは、狐につままれたような面持ちである。どうなっているのかわからないのである。

 

受容する力

これまでの長い人生の過程で、努力してスキルを獲得する、慣れて当たり前のこととして気が付かずにこなしてきたことなどが、できなくなっていく、剥がれ落ちていくプロセスを自分自身で目の当たりにして、一体どうしたのか、これからどうやっていけばいいのか途方に暮れている。

 

しかも、努力すれば何とかなるというものでもない。

受け入れる、受容するしかないのである。

このことはいつかだれにもやってくる、この私にも・・。

秋山さんは別のところでもこう語っている。

近所のお年寄りの方が、ちょっとした忘れ物をする。認知症がはじまったかと不安になって、大病院の精神科を受診する。

慣れない旅程をバスに乗っていき、長時間待たされ緊張を強いられ、より一層不安になる。

診察する医師は、検査結果とご自身(医師)の専門領域のところしか診ないので、向精神薬を処方する。

処方された向精神薬が原因で、調子がおかしくなっていく。悪循環が始まる。

新宿人情長屋のザ・サードプレイス

日常のなかで、ちょっとした不安があれば、立ち寄って気楽に相談できる、同じような仲間が「そうそう、私もそうよ。いやになっちゃうけど仕方がないわね~。」といって安心できる場がコミュニティにあると、より多くの高齢者が地域の中で何とか自立して暮らしていけると。

透析患者さんの気持ち

透析患者さんは、身体機能としてではあるが、透析の導入にあたっては、相当厳しい現実を受け止めてこられたのではないだろうか。

その具体的な経緯が患者さんのブログに記されており(http://透析患者ブログ.com/)、その一端を垣間見ることができる。

なんで自分が・・・、自分だけは治るはずだ・・、そして身体的な苦痛、精神的な大きな負担、

現実は言葉で表現されている以上のものであったと思われる。

当透析クリニックに通院していただいてる患者さんも、このような現実を乗り越えられているのであろう。

当院のスタッフは、このようなことを理解し、また、組織一丸となって、少しでも患者さんに活き活きとした生活を送っていただけるよう努力を続けていきたいと考えている。

透析医療は誰のためにあるのか?

 

たまには、真面目な話を一席。

 

最近患者さんのライフスタイルに合わせて、様々な透析の方法がいくつかのクリニックで導入されています。

 

例えば、田端駅前クリニックは、東京の山手線内でもっとも夜遅くまで夜間透析を行っている透析施設です。

 

夜間透析をうたっている施設は徐々に増えてきましたが、先鞭をつけたのは田端駅前クリニックだと自負しています。

 

透析施設の検索サイト、透析患者.comでは夜間透析専門の透析施設検索が出来ますから確認してみてください。

http://www.tosekikanjya.com/

 

夜間透析に加え、在宅血液透析や深夜寝ている間に透析を行う、オーバーナイト透析等も、未だに件数は少ないですが、増加してきています。

 

田端駅前クリニックが夜間透析を始めようとした理由は、

当時夜間の透析をしてくれる透析医療機関がなく、

そのために、仕事を持っている患者さんは、

透析開始とともに、

仕事をやめたり、

あるいは透析日には仕事を休んだり、

早退したり、

といった患者さんにとっては不便且つ不利益な事態を解消しよう

と考えたからです。

 

患者さん中心の医療とは何か?

 

透析医療機関側の当時の考え方は、

夜間に透析を行うと、

スタッフの給与の夜間割増をしなければならず、

利益を圧迫するという理由や、

職員が集まらない、

単純に医師が大変だからといった、

医療機関側の都合に依るところが多かったと記憶しています。

しかし、

近年患者さんのライフスタイルに合わせようとする透析クリニックが増え、ラ

イフスタイルに合った透析が可能になってきたというのは

非常に良いことだと思います。

先日、病院でもオーバーナイト透析の取り組みが始まったと ニュースにもなっていました。

http://prw.kyodonews.jp/prs/release/201410014237/

これまで医療機関は、患者さんを一つの集団とみなし、

取り扱ってきましたが、

患者さん個人個人に合わせた透析をすることが出来る時代の到来

です。

 

このような環境はとても素晴らしいと思います。

 

東京の奥座敷はなぜ凋落したのか?

 

その昔、日本が高度成長時代の頃、我が国の多くの企業は「イケイケドンドン」で成長に次ぐ成長という時代を迎えていました。

 

この時代は、慰安旅行といえば東京で言えば奥座敷と言われた、熱海でした。

 

iStock_000011237394Medium 

 

熱海のホテルは、会社の宴会を受け入れるために、

大規模で大きな宴会場を備え、企業の需要に応えました。

 

ところが時代が変わりました。

 

日本は不景気を迎え、東京の奥座敷といわれた、

熱海のホテルは企業の宴会や会議の需要が激減し、

多くが赤字に陥りました。中には売りに出しり、倒産したホテル

もあります。

しかし、その一方で

個人の旅行客のニーズは、

大規模宴会場を備えた観光ホテルではなく、

小さくても個性的な旅館やホテル、個人にとって融通がきく、

ホスピタリティの高い旅館・ホテルが人気となりました。

 

旧態依然とした、東京の奥座敷の熱海の観光ホテルは、凋落の一途をたどりました。

 

サービスの原点を忘れないよう戒める

 

この例を少し客観的に眺めると、このようなことではないでしょうか?

これまでは、

お客さんを集団として扱ってきた→企業ニーズが激減

→時代とともに、

お客さん一人一人に対応する事が求められるようになってきた。

 

考えるな!巨人の教えを受け入れてみる。

 

経営学の巨人である、P.ドラッカーはその著書の中で、

「組織はニーズからスタートしなければならない」

とニーズの存在を何度も説いています。

 

先ほどの例で言えば、ニーズが変化してきているのに、

ホテルや旅館はそれに対応することができなかったというケース

でしょう。

 

私たちは巨人の教えを信じて透析医療機関として、患者さんのニ

ーズに対応することを第一義としています。

 

例えば、田端駅前クリニックでは夜間透析に加えて、

ビジネスマンの方が東京に来るときのために積極的に臨時透析を

打ち出しています。

 

また、東京駅から近い透析クリニックという場所柄、

透析患者さんが東京や関東圏に旅行するときの臨時透析も積極的

に受け入れています。

HiRes

 

その結果ですが、臨時透析の患者さんが飛躍的に増加してきています。

 

そのエリアは何と、北は北海道から沖縄まで。この広さに改めて驚きました。

 

ニーズに対応するということは、こういうことなのだと改めて思いました。

 

私たちのクリニックがどこまでお客さんのニーズに対応できるか判りません。

 

私たちは万能ではありませんし、私たちは卓越しているわけでもありません。

 

しかし、私たちが他の透析クリニックと違うのは

皆が情熱を持っていることでしょう。

 

私たちは、チャレンジすることによってのみ、存在意義を示すことができると考えています。

 

しずかさんのホスピタリティ

またまた「社食」のお話。

読者の皆さまにおかれましては、少々辟易とされているかもしれませんが、今回は郷愁の念を込めて、かつての「社食」への思いをはせて綴ります。

 

「社食」のしずかさん

前店長が采配を振るわれていた頃は、女性2人と男性1人が前店長と共に4人でフロアを回していらっしゃいました。そのスタッフの中でも個性満点で接客して下さっていたおばちゃん。その名は「しずかさん」。

 

 ※おばちゃんなんて言ってごめんなさい

 

年の頃は、サラリーマンで言うと定年前後、アラ還といった所でしょうか。

お名前は「しずか」でいらっしゃいますが、接客はそのお名前に反して、昼夜を問わず、いつもハツラツ、明るく元気に接客して下さるのです。

「いつも格好良くパリッとスーツを着てらっしゃるわねぇ〜」とか、

「立ち方がいつもスっとして素敵よ!」とか、「あら、久しぶりじゃない。どこ行ってたのぉ〜」等々、気さくに声を掛けて下さるのです。

人によっては、そんなやり取りを嫌がるお客さんもいらっしゃるかもしれません。

一見おばちゃんにありがちな、ズカズカ感が否めないと想像する方もいらっしゃるかもしれません。

しかし長く接していると「しずかさん」はズカズカと入り込んだりしていない事に気づくのです。

例えば、こちらが内輪の話に花を咲かせている時は、一歩引いて決して話に入り込んで来たりしないのです。

その立ち居振る舞いを観察すると、単なる居酒屋でパートしているおばちゃんとは違い、実はとても育ちの良い、空気を読む事が出来る「女性」なのではないかと、思わせる程。

 

『しばらくお見かけしなかったですが。。。』と声を掛けると、

「ちょっと、ゴルフ行って来たのよスコアはボロボロだったけどね。あははっ。」なんて会話から垣間見られる、私たちの知らない「しずかさん」のプライベート。

もしかしたら、パートは社会勉強もしくは人と関わる事が大好きで、その機会を求めてここに居るだけに過ぎず、全然働く必要なんてない生粋の「奥様」なのでは。。。

 

食堂のおばちゃん

 ※今となっては、その真相は闇の中です。

 

そんな「しずかさん」だけが、ごくたまに提供してくれるサービスがあったのです。

 

1杯のコーヒー

ランチタイムも既に過ぎ、賄いの時間に差し掛かろうというタイミングで「社食」に行くと、「しずかさん」が、たま〜に食後のコーヒーを出して下さるのです。

「これサービス! 店長には内緒ね 他の人に言っちゃだめよ!」

いつも出して下さる訳ではないのですし、『内緒』と言われるとコソコソと頂かなければならないのかしら。。。なんて思ったりもするのですが、「しずかさん」に笑顔で耳打ちされると常連としては悪い気はしないのです。

何となくグッと来ちゃったりするわけです。

 

 ※「しずかさん」には大変失礼なのですが、彼女は決して絶世の美女ではありません。

 

そうは言っても、実のところは前もってパートさんに与えられている『裁量』であったのかもしれません。

しかし重要なのは、コーヒーを無料で提供する行為そのものではなく、たった1杯のコーヒーサービスを次の来店につなげる「しずかさん」のハートだと思うのです。

 

コーヒーカップ(ハート)

 

心からのサービス

そこに感じるのは、「いつも来てくれてありがとう」の気持ちを彼女なりに表現してくれているということ。

たった1杯のコーヒー。特別なコーヒー豆をドリップしたものではなく、業務用の色気のない白い紙パックに入っているものでしょう。決してスペシャルな物ではないことは、飲んでみればすぐに分かります。

だからこそ、その『ごく普通の1杯のコーヒー』をスペシャルにするには、重要なポイントがある。

 

それが『ハート♥』だと思うのです。

 

サービスを提供する瞬間だけではなく、それまでの長い時間を経た中で実行して来た対応がそのサービスをより効果的にする。

常に心から「ありがとう」と思っている人の言動と、マニュアル的に「ありがとう」と発している人の振る舞いとでは、受け手に伝わる「心」は明らかに違う。

器用であろうが不器用であろうが、言葉数が多かろうが少なかろうが、心から表現される「ありがとう」の重みは絶対だと思うのです。

何気ない日々の接客で提供された「心の力」が、1杯のコーヒーにも効力を与える。

 

心を育む

無料で提供されるコーヒー1杯を当てにして「社食」に行く人は、きっと少ないでしょう。当然、私たちも同じです。

しかし「しずかさん」が「内緒ね」って言いながら気まぐれに出してくれるコーヒーは、マニュアル重視の新店長が「サービスです」と出してくれるコーヒーと比べると、その重みはきっと全く異なるだろうなぁと想像するのです。

 

 ※新店長からそんなサービスをしてもらった事がないので、あくまでも想像です。

 

透析医療機関でも、常に「ありがとうの心」を携えながら患者さんと接することが極めて重要になります。

医療を提供する者として「患者さんが1日おきに来院するのは『当たり前』」などと思う瞬間が一瞬でもあってはなりません。

『当たり前』などと思う気持ちが、ほんのひとかけらでも心のどこかにあれば、必ずそれが日常の医療行為、患者さんへの接し方に出ます。

透析することが流れ作業になり、患者さんとの接し方がこなし仕事になってしまいます。

「患者さんの快適」を考えながら行動する時、『心』を抜きには語れません。

『心』を抜きに「患者さんの快適」を第一に考えて行動することなど出来ないと思うのです。

 

 マニュアルでは育めない『心』

 

社会人教育で、どこまで培うことが出来るのか。

素直に「ありがとう」と思える心、素直に「ありがとう」と表現できる力。

本来これらを育むサポートをするのは親の責任、そう考える私は無責任でしょうか。

 

 「三つ子の魂百まで」

 

少なくとも共に働く人達には、この『心』と『力』を持っていて欲しいと願うのです。

 

ハートツリー

 

ミミズの振り見て我が振り直せ

週末には、時々荒川河川敷をサイクリングしている。川沿いのサイクリングロードはほとんど日影がなくじりじりと太陽が照りつける。夏場は注意してこまめに水分をとならいと、干からびてしまう、熱中症には要注意である。(写真は丹後半島から見下ろす天の橋立)

20130504_111931

朝、荒川を上るときはそれほどきつくはないが、たいてい向かい風である。

しかし、午後の帰りも(下り)なぜか、これは厳しい向かい風となる。理不尽さを恨みながら、海風、山風なんていうのがあったことを思い返し、諦めてひたすらペダルをこぐ。

勢いうつむき姿勢になり下に目をやると、なにやら得体の知れないものが・・。

よく目を凝らして見てみると、ミミズが干からびてあちらこちらに。

実際に、路上には、ミミズたちがあちらこちらに干からびている。

その時、私の脳裏をよぎったのは、「やばい、熱中症になったら自分もミミズと同じ運命をたどるかも」同じようにならないようにしなければならない。

ミミズの成れの果てを我が運命に照らし合わせた、瞬間であった。

ミミズたちの受難の旅

しかし、???

常日頃湿気の多い土中に生息するミミズたちが、この炎天下にアスファルトの路上に迷い出ているのはなぜなのか・・大きななぞである。

などと、大きな生物学的謎と格闘していると・・・大きな水たまりに突撃し、全身水しぶきを浴びてしまった。

干からびることを心配していたが、全く逆であった。「とほほ」

本当にみずたまりでよかった。危ないところであった。

夏のサイクリングは、向かい風、熱中症(干からびミミズにならないように)に気を付けて、

そして生物学的夢想(というとカッコイイが余計なことは考えず)に引き込まれず、しっかり前をみて安全運転で行かなければと改めて思ったのであった。

グレートジャーニー 人類の旅

 

昨年、国立科学博物館で「グレートジャーニー 人類の旅~この星に、生き残るための物語」という展示があった。残念ながら観ることができなかったが。

紹介文によると(展覧会HPより抜粋編集)

アフリカに生まれた人類は、長い年月をかけ、進化をしながら世界中に拡散していった。このことを、イギリス人の考古学者ブライアン・M・フェイガンは「グレートジャーニー」と名付けた。

700万年前の人類誕生から説き起こし、人間が住むのに決して快適ではない地域(熱帯雨林、高地、極北、乾燥地帯)で人はどうやって生きてきたのか。

地球上の様々な環境で今も暮らす人々の生活を紹介することなどにより、その土地ならではの「生きる知恵」と「文化」を見て、「人間の生きていく強さ」を再発見し、そこから人類と地球の未来を考えていただこうという壮大なコンセプトに基づくもの

ということで、非常に興味深い。ご覧になられた方も多いのではないだろうか。

彼ら(ミミズたち)も人類と同じ行動をとるとしたら・・・

新天地を探し、そして壮大な進化の旅をしているのかもしれない。

20130317204338381

我々のグレートジャーニー

当田端駅前クリニックの「マネージャー」は、

「私たちは徹底した患者さん指向」で「挫折を繰り返しながらも前を向いて考える、行動を変える、そして望む結果を得る、これがこのクリニックの考え方です。」と語っている。

当院も、透析患者さんに良質なサービス提供し満足してもらえるよう、グレイトジャーニーを歩んでいるのだ。患者さんのためであり、同時に当院の生き残りのためでもある。

ミミズのようにひからびないように・・、注意深く、かつ、果敢に

 

サービスの勘違い「社食」編

 

先日、私たちが勝手に「社食」と呼んでいる居酒屋さんの店長が交代したお話をしましたが、その続編として、久しぶりにランチをしに「社食」を訪ねた時のお話をひとつ。

 

居酒屋のランチタイム、これで良いのか?!

いつも私たちは社内の第1陣として12時前にランチに出かけます。もちろん、ご想像の通り世の中がランチタイムで混雑するのを避けるためです。

当然、混雑を避けて来店する訳で、我らが「社食」もお客さんはチラホラ“まばら”な状況でした。

『今日は、何食べようかなぁ…』

『寒いから鉄板でジュージュー湯気を立てて出て来る鶏肉の赤みそ焼きにしようか…』

『よし!今日はガッツリ「生姜焼き」でも頂きますか!』

お昼のひと時、メニュー選びはささやかな幸せのひと時でもあるのです

暖かいおしぼりで手を拭い、暖かいお茶をひとすすりしていた。。。その時でした。

「お待たせしました。焼き魚定食と生姜焼き定食です!」

ん? ちょっと待って。さすがに早過ぎやしませんか?

っていうか、そもそも「待たされ」てませんし。。。

そんなに早くお魚もお肉も焼けちゃうのかしら。。。と訝(いぶか)しく思いながら生姜焼きを一口頂くと。。。

固い、固い、固ぁ〜い! しかも冷たぁ〜い!!!

 

 私)君たちは、いったいどれだけ放置されていたの?
 豚さん)「・・・」

 

豚盛

 

ジュージューしていない鉄板焼き

そんな思いの中、苦々しい思いで箸を進めていると、後から来たお客さんの席に、鶏肉の赤みそ鉄板焼きが運ばれたのですが・・・

『ジュージュー』してないのです。鉄板焼きなのにですよ。

以前、私が頼んでいた頃は、鉄板から跳ね飛ぶタレが心配なくらい『ジュージュー』していたのに。。。

そんな光景が目に入ると、またもや脳裏に浮かぶのです。

『店長が変わると、こうなっちゃうのね。。。』

大概のお料理を美味しく頂く事ができる私ではありますが(私の特技の1つです)、さすがに冷たく固い豚さんは、半分以上残してしまいました。

 

 ※丹誠込めて“豚さん”を育てて下さった畜産家の皆さん、ごめんなさい。。。

 

またもや感じた違和感

せっかくのランチなのに。。。と口惜しい思いで早々に社食を後にしようとしたその時、またもやある違和感を感じたのです。

12時を20分程過ぎた時間帯なのに、空席が多いのです。ランチタイムにも関わらず店内はガラガラといった印象。

以前は、食後のお茶をお代わりするのも躊躇させられる程に混雑していたお店なのに。

『いよいよ、我らが「社食」の存続も時間の問題かぁ。。。』

私たちでなくても、さすがにこんな思いが脳裏によぎるのではないでしょうか。

『はぁ〜』

そんな気持ちを抱きながら、ホスピタリティにあふれるSバックスのコーヒーを購入。(もちろん満たされなかったお腹のためにシュガードーナツも購入。うふっ)。

コーヒー片手にオフィスへ戻ったのです。

さて、残りの昼休みをオフィスで“まったり”過ごしていると、我が社のランチタイム第2陣が帰社。彼らも私たちに遅れること約1時間、13時前に「社食」に行ったのでした。

すかさずお客さんの入りを聞いてみると、『そう言えば、すんなり座れた。空いてたよ。』とのこと。

『あぁ〜あ、やっぱり。。。』

 

サービスの勘違い

その昔、KIOSKで最も大切なサービスは、ほっこり笑顔でも過剰な丁寧さでもなく「迅速に、間違える事なくおつりを渡すこと」と聞いたことがあります。

もちろん、お客さんのニーズに応える商品ラインナップや、ホッとさせてくれるキオスクのおばちゃんの笑顔は大切ですが、それ以上に、道中急いでいるサラリーマンが多い店舗では、先ず「迅速」に「おつりを間違わない」こと!これが最重要なサービスであるとは、なるほど理解できる。

キオスク

 

では、午前中ガッツリ仕事して、その日の後半戦フルスロットルで仕事をするための小休止でもあるランチタイムのサービスは、どうでしょう。

確かに「迅速」なお料理の提供は助かります。でもキオスクの“それ”とは少し違うような気がするのです。

今回取り上げた「社食」での「迅速」は、顧客主義の「迅速」ではなく、お店の効率化にのみ目を向けた「顧客のニーズを無視した身勝手」にしか思えないのは私だけでしょうか。

「迅速=効率化」を重視するがあまり、最も大切な「暖かく美味しい定食」が遥か彼方へと忘れ去られ、とうとう見えなくなってしまった。

その結果、顧客の足が遠のき、いずれは淘汰されてしまう。。。

 ※さようなら・・・

 

透析施設で働く私たちが提供している「サービス」は、果たして「患者さんのニーズに応えるサービス」になっているでしょうか。。。

改めて考えさせられた、そんな午後のひと時となったのでした。

 

「人の振り見て、我が振り直せ」

 

先の「美味しいと評判の中華料理店」の話題ではないですが、取り返しがつかなくなる前に『気づき・内省・改善』がなされることを「社食」に期待するばかりです。

 

「社食」カムバ〜ック!!

 

 

人はすすんで騙される

良く行くコーヒーショップ(スターバックス)での話です。

いつもの通り、会計をすませてコーヒーを受け取ろうと、カウンターに行ったときの事。

お客さんがコーヒーを受け取るカウンター台に小さなメッセージボードが掲げてありました。

そのメッセージボードにカードがのせてあり、手書きで「心をこめて ミイ」と名前入りのメッセージカード。

 

よく見ると、スタッフ全員のメッセージカードがあり、それぞれお客様へのメッセージを一行程度でカードにまとめ、それを時々入れ替えているようです。

 

カードはハガキ大でそれほど大きくありません。さり気なく置いてあります。

 

「これいいなあ」と思い、気になったので女性のスタッフに聞いてみました。

 写真 2

このあたり、好奇心が疼いてしまうのですが、

 

「このカードは自主的にやっているの?それとも本社の指示でやっているの?」

 

騙されたけど、気持ち良い

 

恐らく全店対象に本社からの指示ではないか?と推測して意地悪な質問を投げかけましたが、その応えは「ピンポン」

 

「本部からの指示でやってます」との答えでした。

 

「やっぱり」と心の中で思いましたが、女性スタッフの顔からは、なんとなく喜んでやっているという雰囲気が言外ににじみ出ていました。

 

きっかけは、本社からの指示という事ですが、その実職員が嬉々としてやっていれば、何であれ、お客さんには通じる物です。

 

正直、私自身が「いいなあ」と思ったわけですから。

 

我々お客は完全にスターバックス本社の策略にまんまと騙されているのですが、でも良いじゃないですか?

たとえそれが本社の指示であったとしても、そこで働いている人の思いが伝わってくるのですから。

 

やるなスターバックス

その時ここだと思いました。レストラン、タクシー、美容室、カフェ、バー、世の中には様々なサービス業があります。

 

そして、その多くは本社がマニュアル化をすすめたり指示を出しているのですが、優れたサービスというものは、例えマニュア化がされていたとしても、意図的でないというか、わざとらしさがないのです。

 

お客としては判ってはいるのですが、そこに職員の気持ちがのっていると、知らず知らずのうちにまんまと騙されてしまいます。(良い意味で)

 

 

マニュアルを超えた時、ホスピタリティがはじまる

 

つまり、きっかけは本社から与えられた物ですが、それを職員が自分の物として実行した時に、自分が主体的に関わろう、関わるべきだと思ったときに持ちが伝わって来ます。

 

システムに魂が宿るというか?少し大げさですけどそんな気持ちになりました。

 

医療機関は良くマニュアル化が進められています。それは医療の質を底支えする重要なのものだと思います。

 

しかし、更に重要なのはそのマニュアルを超えた時に、医療の質とホスピタリティが高いレベルで実現するのだと思いました。

 

やるな、スターバックス!!!

サンキューカップ②

※末筆ではございますが、決してスターバックスの回し者ではございません。念のため。

残念、何故、あの有名店は閉鎖に追い込まれたのか!

いきなり、驚かせてすみません。

実は、我が家のそばに、美味しいと評判の中華料理店がありました。

点心で有名なお店です。

店は良く手入れされていて、掃除も行き届いていました。

よく気が利く、男性店長が先頭に立って接客をしていました。

 

彼の他に中国人と思われる若い女性が3名恐らくアルバイトだと思いますが、彼女たちもキビキビとよく働き、いつも笑顔でとてもフレンドリー、正直好感が持てました。

カタコトの日本語でしたが、一生懸命さが伝わってきました。

 

中国の人には珍しく、非常に気が利いていて、日本人のスタッフよりもサービスマインドがあるのでは?と思わされるほどでした。

(すみません。実は以前、サンフランシスコのチャイナタウンで

食事をしたときに、中国人のスタッフのサービスの悪い事、悪い事。

恐らくそれが彼らにとって普通なのでしょうが、ぶっきらぼう、お皿は投げてよこす、等々。

それ以来この経験が私にとっての中国人スタンダードになってしまいました。

あくまでも私的な意見ですので極論というご意見があればご容赦を)

 iStock_000017000431Medium

料理はというと、確かに美味しいのですが、評判ほどではなく、

そこそこ満足できるかな?

という程度ですが、お店は常にサラリーマンのグループ、OLで常

に満席でした。

 

私も近くで食事するときには、時々利用していました。

 

あるとき、仕事の帰りに寄ったところ、何となく雰囲気が違うのです。

その原因は直ぐに判りました。

いつもいる店長がいないのです。

代わりに新しい店長と思われる男性がいました。

 

その男性は、以前の店長のように明るく、朗らかな接客姿勢ではなく、

どことなく憮然として、怒っているように見えました。

 

フロアの女性たちからは笑顔が消え、ただ料理を運んだり、食器を片付けたりということを

淡々とこなしていました。

 

あれ、これどこかで見た光景。そうです、先ほどお話ししたサンフランシスコのチャイナタウンの中国料理店にそっくりの接客でした。

※先のブログ「社食」にも、こんな話がありましたが・・・・。

 

そうかそうか、日本もグローバル化の波で、欧米のスタンダードになってきたのだと変な理屈で納得したものです。

 

その後も時々通っていました。

そんなあるとき、気がついたのですが、明らかに様子が変なのです。

 

お客さんの数が圧倒的に減っているのです。

これまで、テーブルがいっぱいで待たされる事がありましたが、すんなりと入店できるのです。

 

しかし、常連客もこのような異変に気がついたために、徐々に足が遠のいたのでしょう。店はまばらな人で活気も失われていました。

 

活気のない飲食店ほど(特に町の中華料理店)、店に入って気が重くなるものはありません。

 

どんよりとした淀んだ空気の中にいると、美味しさも半減してしまいます。

iStock_000008558542Medium

 

そして、つい2ヶ月前の事です。おなかをすかせてお店に行きましたが、入り口に閉店しましたの張り紙が。

 

「ああ、心配していたけれどやはりこういう結果になったのか」と思いました。

 

理由は恐らく、客足が遠のいたために経営状態が悪化した事だと思います。

 このお店は何故、閉店に追い込まれたのか?

 

そもそもお客さんはそのお店の料理の味や雰囲気に満足していたために継続的に来店したのです。

お客は馬鹿ではありませんから、その店の味はともかく、お店の雰囲気が変わった事に一瞬で気がついたのです。

 

そして、次第に足が遠のいたのでしょう。お客さんの平均リピート回数が減少すると、年間では大変な減収になります。

 

結果は経営の数字に表れてきますが、その原因はホスピタリティの低下にある事は明らかです。

 

「やることやっているのだから文句言うなっつーの!」という姿勢そのものが、客離れの原因です。

 

スタッフとの良好な人間関係があれば、スタッフも笑顔で働くようになります。

 

新店長のリーダーシップの欠如が、ホスピタリティを低下させ、お客離れを加速させ、お店は閉店に追い込まれたという例です。

 

ホスピタリティとは、人が作り出すもの。日本人が持っている「おもてなしの心」がどの業界でも極めて重要になっているという例だと思います。

 

さて、透析クリニックではどのように考えるべきなのでしょうか?

 

リーダーの采配で、クリニックは生き生きする事も、死に絶える事もある。こう考えると、他の業界の失敗から学ぶ事も極めて重要だと思いました。

 

 

※あっそう言えば田端の「社食」は、どうなったのでしょうか。。。

 

 

元気が出る透析クリニック

元気が出る透析クリニック

フィードバックの重要性

透析医療の現場では、その日のリーダーというシフト毎のリーダーや組織上のリーダーがいます。

リーダーは、責任あるポジションでやりがいはあるでしょうが、部下を持つ身ですから本当に悩みがつきないと思います。

 

リーダーが職務に忠実であろうとすればするほど、リーダーとしての悩みを抱える事になるのは、どの組織でも同じでしょう。

 

私たちのクリニックでも、コミュニケーションをいかに良くするかというテーマでリーダーが常に頭を悩ませています。

Silhouetted group of people

 

 

一般にインターネットを始めとする情報化がすすんでいるため、コミュニケーションは大幅に改善していると言われています。

 

確かに便利になりました。携帯電話やE.mail、Lineといった新たな伝達手段は非常に情報の共有化がしやすくなっています。

 

私たちのクリニックでもメールやチャットでコミュニケーションを図っています。

 

インターネットはコミュニケーションの敵

 

しかし、これらは一見便利なようですが、実はコミュニケーションの手段としては少々未熟ではないかと思っています。

 Computer keys with colored avatars

少々込み入った話になると、その場の雰囲気とか背景とかが判らないと、誤解を招きやすくなります。

 

よくネット上での喧嘩は、どんどん拡大し収拾がつかなくなると言われています。

 

やはり、コミュニケーションは情報ネットにのせるのではなく、面と向かう事、Face to faceが基本なのでしょう。

 

「ありがとう」の大安売り

 

人に感謝を述べたり、お礼したりという時、少々注意しなければならない時こそ、直接顔を見てお互いで話をすることが重要でしょう。

 

先日、ヘルパーさんと話しをしていて、「いつも透析室を奇麗にしてくれてありがとう」と言ったところ彼女は本当に嬉しそうで、顔が輝いていました。

 

彼女はこちらが本当にそう思っているのかどうかも察したと思います。真剣にそう思って

言っている事を確認した上で、自分の仕事が認められた事に喜びを感じたのでしょう。

 

その時に思いました。Face to Faceのコミュニケーションの重要さとともに、日頃の私はフィードバックが足りなかった、と反省をしました。

 

人は相手が何を思っているか判らないものです。

 

好意を持っているのか?

 

あるいは不満を持っているのか?

 

悪意を持っているのか?

表現しない事には相手は知りようがありません。

 

最近の日本人はどうなの?

 

日本人の美徳として、「言わずもがな」という言葉があります。

 

敢えて言わなくても、察するという意味ですが、今の時代このような奥ゆかしさや謙虚さがなかなか理解してもらえないのかもしれません。

 

だからこそ、感謝の言葉は大安売りしてどんどん使うべきなのかもしれません。

 

 

人は誰しもが認められたいと思い、認められる事をどこかで望んでいます。

 

だからこそ、敢えて「あなたの事を認めてますよ」というフィードバックが必要なのです。

 

「ありがとう」という言葉は感謝の言葉ですが、実はこの言葉も相手に対するフィードバックです。

 

田端駅前クリニックで常に参考にしているフランクリン・コヴィー博士の「7つの習慣」。

この本には、多くの参考となる言葉や考え方があります。

 

その中で、コミュニケーションの重要性について指摘しています。

 

コミュニケーションを良くするための方法は、まず自分の事を理解して欲しいがあまり、自分の事を話すのではなく、相手の話を聞く事、自分の事は二の次という事を言っています。

 

コミュニケーションというとただ会話の量だけを推し量るところがありますが、それは真のコミュニケーションにはならないという事です。

 

SNSでフォロワーの数や友達承認の数の多寡と真のコミュニケーションの深さとは別、という事を恐らく感じている人は多いと思います。

 

患者さんであれ、職員であれ、相手に接してフィードバックをする、相手の話をきちんと聞くことから、田端駅前クリニックに関わる全ての人達が元気になればと思います。

 

 

社食(?!)の店長が交代!(後編)

 

「新店長、着任後の今。。。」

(前編からの続き。。。) 

なんとなく違和感が。。。

さてさて、何回目かのランチタイムを過ごしていた時、オーダーの品を運んできながら新店長がひと言。

『ご飯はお代わり出来ますので。そちらはふりかけになっております!』

その新店長が着任後、初めてそう私たちに言ったのです(おやおや?)。

かれこれ着任後1ヶ月は経とういう日。最初の1週間目に言うならまだしも(私たち、この1ヶ月で何回ランチに来ていると思っているの?)。この新店長になんとなく違和感。

顧客の顔を見ていないのでは。。。そう感じ始めたのです。

そんな「なんとなく。。。」を感じ始めたある夜、いつもの様に(毎晩、晩酌をしている訳ではありません。念のため。)癒しを求めちょっと一杯頂きに社食へと足を運んだのですが、いよいよ異変を感じたのでした。

店内の雰囲気がなんかいつもと違うのです。。。なんでかしら。そう思い店内を見回すと、やはりなんとなく違和感が。新店長以外はいつもの店員さんなのに。

はてな探すはてな探すはてな探す

なぜ??? ・・・ あ〜ぁ!!!

店員さんの笑顔がないのです!ひたすら淡々と『仕事』をされているのです。

まぁ、1と言えばちゃんと1が返って来るので何の問題もなく、ちゃんと居酒屋としての機能は果たしている訳で。。。仕方ないか、店長が変わればお店も変わるしね。

そう思いながらも、お酒も進み、そんな思いはいつしか忘却の彼方へ。テーブルは盛り上がり始めたのでした。

 

時計に縛られたホスピタリティ

そんな矢先、オーダーストップの声掛け。

 (もう、そんな時間かぁ)

間もなく伝票がテーブルに置かれ、閉店時間前にお会計の催促。

 (そうね、お会計お会計)

そして。。。

閉店時間になったら1分と過ぎないうちに『閉店の時間ですのでお願いします』の声掛け。

 (えっ、以前より退出の促し、30分早くない?)

 

「う〜ん。。。なんか違う。」システマチックなのです。マニュアル通りなのです。時計に従っているだけの接客なのです。

ルールブック

 

 サービス業これで良いのか?!

そりゃぁ早く帰りたいでしょう。酔っぱらいに長居されては、たまらない気持ちも分かります。しかしながら、前の店長は、時間を「時計」ではなく、「現場の感覚」で管理していた。お客さんの顔を見ていた。オーダーストップ後の残り25分間で¥5,000-足らずの売り上げを得るだけでなく、そのホスピタリティにグッときてしまう顧客のニーズ(心)をつかんでいたのです。

一方、マニュアル新店長は「マニュアル管理」することで、従業員の笑顔を奪い、顧客の心を離れさせてしまう。そもそも「顧客の顔」を見ていないように感じさせるのです。

比較論なのかもしれませんが、ちょっとがっかり。

そう感じ始めると、人(顧客)は恐ろしいもの。全てが心地悪く感じて来てしまうのです。

かくして社食から足が遠のき、私たちの中で『社食陥落』の日を迎えつつあるのでした。

 

異業種に学ぼう! 

医療は、患者さんの命を守る大きな使命を担っています。患者さんの安全・安心を守るために死守しなければならないルールがある。

しかし、患者さんの快適のために『究極のホスピタリティ』も同時に提供しなければならないと考えるのです。

居酒屋さんの例を医療と比較するのは不謹慎と言われる方もおいでかとは思いますが、他業種からホスピタリティを学ぶ姿勢はとても重要であると思っています。

美味しいお食事やお酒は、昨今の日本ではあまたあふれている。その中で生き残って行くためには、「美味しい食事」だけでは勝負出来ない。ならば何で勝負するか。。。

『ホスピタリティ』それも『顧客のニーズに応えたホスピタリティ』

私たち医療者も、大いに学ぶべき重要ポイントなのです。

 

透析医療における『患者さんのニーズに応える究極のホスピタリティ』

全ては、透析患者さんの安全・安心・快適のために。。。

そして全ては、透析患者さんのニーズから始まる。。。

コスモス②

 

社食(?!)の店長が交代!(前編)

我が社の『社食』

当クリニックに勤務すると、一番困るのはランチタイム。

駅ビルはあるので全く食事処がない訳ではないのですが、圧倒的に選択肢が少ないのです。パスタかスンドゥブかガ◯トか大◯屋か。。。(結構あるか!。。。いやいや毎日のこととなると結構大変。。。)

皆さんも「今日のお昼は何にしようか」と悩まれた経験が少なからずともおありでしょう。

そう、私たちも同じく悩ましい日々を送っているのです。

そのような環境の中、ヘビーローテーション♪しているのが、とある居酒屋のランチ。

食生活から健康を気遣う様になるお年頃としては、やはり和定食はとても助かるのです。

しかし、さすがに毎日利用させて頂いていると、ちょっと飽きて来る(人は贅沢な生き物です)。そうは言っても消去法で“今日のランチ”を考えて行くと、結局ヘビーローテーションが更に繰り返されることになるのです。

その結果、私たちはそのお店を『社食(社員食堂)』と呼ぶことになっていったのです。

定食イラスト

旧店長の裁量

 もちろん居酒屋さんですから、夜もお世話になることも多々。ランチで満腹になったその日の夜、疲れをクイッ〜って癒してもらったりしているのです

その『社食』で、約2年あまりの期間、数百回とランチでお世話になる訳ですから、それは自ずと顔見知りになっていく。

唐揚げ食べ放題の稼ぎ時の日に、女子数名の予約を入れてくれたにも関わらず、お会計¥3,000−足らずでも嫌な顔一つせず『ありがとうございます』と笑顔でひと言(あの時は本当にすみませんでした『多謝』)。

給料日の混雑が予想される当日の昼過ぎに予約を入れようとした時、一度は断られたものの、頑張って席を用意してくれて夕方前に『数名のキャンセルが出来たので宜しければいらして下さい』と一報を下さる。

閉店看板が出た5分後に来店した私たちに『一本勝負で良ければどうぞ』と招き入れてくれる。

ランチにの帰り際に『「飛露喜」入ってますよ』と魅惑的なお誘いを下さったり。。。

 ※飛露喜:会津の名酒。社食にあるのは特別純米酒。比較的通年で頂けます。(蔵本:廣木酒造酒造)

升酒写真

そんなサービスを提供して下さっていたのが、そのお店の店長。

決して口数が多い方ではないのですが、さりげないアイコンタクトがあったり、顧客ニーズをつかみ「してあげている感」を出さずにサービスを提供して下さる方でした。

店長ありがとう

あるランチタイム、その店長がススッとテーブルにいらっしゃって突然名刺を差し出されたのです。

「???」。その名刺には、東京駅八重洲口の住所が。。。

『今度、転勤になって』「え〜!!!」

多少マンネリ化していたとはいえ、「まぁあの店長がいるなら」と言う気持ちが足を運ばせてくれ、せっかく安心出来る場所を見つけたのに、とても残念。

また、この店長のすごい所は、八重洲のお店の宣伝は一切せず『今後とも(このお店を)宜しく』とだけおっしゃるのです。

(くぅ〜!さすが!最後にして更に好感度アップ!!)

涙を流しはしませんでしたが(薄情かしら。。。)、なんとなく淋しい気持ちがこみ上げて、『最後くらい、呑みに行くか!』っていう空気になり、翌日の夜、数ある純米酒で杯を傾けながら、店長のサービスと共に最後のひと時を過ごしたのでした。

 

新店長、着任!

 さて、当然その後「新店長」が着任される訳で、私たちは密やかに興味津々。

「ちょっと行ってみる?」って乗りで、新店長が待つであろう社食のランチタイムにいざ!

『いらっしゃい』の言葉に誘われ店内へ。

「ねぇねぇ、あの人かなぁ」なんてヒソヒソ、コソコソ(お行儀が悪くてすみません)。

当然、新店長は私たちが常連化しているなどとはつゆ知らず、普通に接客。

ただ、なんとなく店員さんの雰囲気がピリピリしているような。。。

やっぱり上司が変わると、現場はピリッとするものなのかもしれません。この変化が良い方向に向くと良いのですが。。。などと思ったりして。

しかし「ふ〜ん。今回の店長、普通だね」って感じで、数回のランチタイムは過ぎたのでした。

 

※『社食(?!)の店長が交代!(後編)〜新店長の着任後の今。。。』に続く。